新潟らしい漢字は、との事前の問いかけに、新潟漢字同好会の熱心な方々が集めてくださった。
「越の譽」の「越」の「走にょう」が前回記したとおり「しんにょう」に近い形に崩されている。「越の寒梅」も同様だ。漢字だってその字を必要とする人間に近づこうとするのである。70代の方の筆跡で、日本酒のラベルの省略された字形を忠実に写しているかのようだ。そのラベルでは「譽」も異体字、「の」は「乃」だ。
さすがこちらでは高頻度の字だけに、ほかでも簡易化が進んでいる。既存のバリエーションの選択にもその傾向が見られるのである。前に述べたように、「辶(しんにょう)」だって略化した。「走(そう)にょう」だって、「足偏」だって、下部には同じパーツを含んでいたのだ。隷書風、行書風の字形でも「越」にはこの形が多いことがそこで頂いたリストからも分かる。「越」の「レ」の部分をはねないものは、個性を出そうと選んだ結果だろうか。字種は守りつつ、自然と、あるときに決心してそう変えた、ということなのだろう。
字形は千差万別、おのずと個性も表出するが、そこに性格まで出るものかどうかは慎重に考えたい。「引越(引っ越し)」屋さんの「越」という字体にも、実は各社でロゴに個性があると指摘する学生がいた。職域を等しくする集団で多用する字に、逆に位相性が細分化して差異が明確になるという現象だ。
「頚城酒造株式会社」とゴシック体で記されており、「頸城」も略されている。「潟」は県内の各地方で地名に用いられている。
「吟(ちび)田川」は、上越市柿崎の銘柄で、この読みを電話で確認されたとのこと、さすがだ。「笹祝」「笹祝酒造株式会社」は新潟市のもので、「笹団子」などこちらでは私の姓の「笹」も常用される漢字のようだ。「〆張鶴」も、ご当地だけに目にする頻度も高い。これもさすが本場だ。こうした銘柄が一覧された新聞広告も頂いた。ロゴには歴史あるものと新しいものがあるそうで、飲んでみてからデザインを決めると話すデザイナ-・書家の方もおいでである。
「飯酒盃」で「いさはい」という姓も実在する。やはり米所だ。
トキの「朱鷺」「鴇」「」「」も新潟らしい漢字として挙げられていた。漢字の熟語や漢字から、国訓、国字へと転化した跡もうかがえる。最後の字は字体だけでなく、「とき」と「年」の意味、発音上の関係も想起される。地方自治情報センターにかつて提供してもらった資料によると、秋田県には「ときとうやぐらまつ」という小地名があり、現地の役場まで調べに行ったことがあった。そこでは、なぜか「鵈」で「ときとう」と読ませていた。「たう」もトキを指す語であった。
かつてはトキは国内に広く分布していたことが、地名からも分かっている。我が町にも公園にその像が残っている。中国から入ってきて、字体、表記にも、このような変種が出るほどだった。中国では現在、「朱鹭」を用いている。
「にお」「にょう」は、稲を重ねた物を指す俚言(方言)だ。ただ、県民でも知らない人もいる。隣の富山でも、「にょう」「にお」などと呼び、近世には「」という国字としては珍しい形声文字もあてがわれた。和語に声符が仮借として使われているのである。「新潟日報」の記事で、地名に「鳰」を当てたものを載せたことがあり、古地図にはあるそうなのだが、これでは鳥だと抗議が来たそうだ。