においをことばで表現するのはむずかしいものです。とりわけ、めずらしい食材など、たとえようのないにおいを言い表すことは至難の業です。
『三省堂国語辞典 第六版』では、あらたにハーブ(香草)の項目の種類を増やしました。私も、原稿を書くにあたって、ベランダのハーブをむしってきたり、店でびんを買ったりして、観察に努めました。ところが、香りについては説明に困ってしまいました。
新規項目に採用したハーブのうち、いくつかの観察結果を紹介しましょう。
まずは、エストラゴン。エスカルゴ料理など、フランス料理に使う葉っぱです。香りの第一印象は、「うまそう」。何かおいしい料理ができそうです。噛むと、ほのかにすーっとします。でも、「うまそうで、すーっとしている」では、辞書の語釈にはなりません。
オレガノ。ピザを思わせる濃厚な香りです。それもそのはずで、葉をイタリア料理に使います。噛むと、舌に刺激を感じます。それにしても、「ピザのような香り」は変です。
キャラウエー。種を菓子などに使います。すーっとした香りがあり、噛んでいると、口の中がすーっとしてきます。第六版では、これを〈さわやかな かおり〉と表現しました。
クミン。種を粉にして、カレーなどのインド料理に使います。香りは、まさにカレー料理店の中にいるような感じ。味もカレーのようです。もっとも、これは話が逆で、カレー味の一部がクミンから出ているのですから、「カレーのような香り」とは書けません。
チャイブ。西洋アサツキを輪切りにしたもので、見たところはそばの薬味のネギのようです。香りは、「ネギラーメンのような感じ」。辞書の説明としては不適当です。
このように、ハーブの香りを実感的に描写しようとしても、なかなか的確な表現にはなりません。嗅覚(きゅうかく)をことばで表現することには、やはり限界があります。
そこで、香りの描写よりも、どういう料理に使うかの説明に重点を置きました。たとえば、ローズマリーの場合、第六版では次のようにしました。
〈ハーブの一種。かおりがよく、枝を切って、肉や さかなを焼くときに そえる。〉
この説明では、どういう香りかはくわしく書いてありません。でも、読む人は、サーモンなんかを焼くときに添える草のことを思い出してくれるのではないかと思います。ついでに、その香りも思い出して、「ああ、あのハーブか」と納得してくれれば成功です。