タイプライターに魅せられた男たち・第28回

ドナルド・マレー(6)

筆者:
2012年3月1日

1905年2月23日、マレーは、ロンドンのグレート・ジョージ通り1番地にある英国土木学会本部にいました。ここで開催された英国電気学会(The Institution of Electrical Engineers)で、新しい遠隔タイプライターを発表し、論文誌に掲載するためです。

マレーの新しい遠隔タイプライター(写真右方が送信機、左方が受信機)

マレーの新しい遠隔タイプライター(写真右方が送信機、左方が受信機)

論文の発表自体は2月23日におこなわれたのですが、論文に対する質疑応答は1週間後の3月2日におこなわれました。この質疑応答におけるマレーの説明を、少し見てみましょう。

議論の焦点の一つは、送信側の鑽孔タイプライターをどの程度のスピードで叩けるのか、という点にあると思われます。印刷電信機としての実用面を考えた場合、それは非常に重要な点です。もし、鑽孔タイプライターを叩くスピードが、モールス電鍵や、あるいはその他の送信機に比べて劣っているなら、私の電信機は無用の長物です。しかし実際のところ、鑽孔タイプライターを叩くスピードは、モールス電鍵に優っています。タイプライターのキーボードを叩くスピードというのは、非常に速いものなのです。ただし、20ワード程度の短い電文を何通も打って、それにいちいちサインしたり、あるいはそのような短い電文を打ちながら、他のこまごまとした作業が間に挟まってしまう場合は、ロスタイムはかなり大きくなってしまいます。

ウェブ氏(Herbert Laws Webb)は、バッキンガム鑽孔機(モールス送信用の鑽孔タイプライター)に関して、言及されました。バッキンガム鑽孔機のスピードに関しては、私も何度か調べましたが、非常に良いものだと言えます。私がニューヨークで会った男性オペレータは、7時間半で770通、つまり毎時104通の電文を鑽孔したとのことです。ただし、最高のオペレータの最高速度を採用するわけにはいきません。平均的なオペレータの平均速度を参照すべきです。実用的な面を考えた場合は、必ずそうあるべきです。非常に長い期間、実際には152日もの間、毎日314通程度の電文をバッキンガム鑽孔機で開け続けた男性オペレータの例に、ウェブ氏は触れました。非常に良い成績です。私が思っていたより、かなり良い。アメリカにおける電信士の勤務時間は1日9時間、うち1時間は休憩時間です。したがって、314通を8時間で割ると、毎時40通になります。毎時40通というのは、アメリカのモールス電信士に比べてやや高速ですが、非常に高速というわけではない。ロンドンのモールス電信士は、毎時30通程度で、しかも1通1通の電文の長さはやや短い。毎時40通というのは、仮に1通あたり平均30ワードだとしても、60分で割ると、毎分わずか20ワードに過ぎません。

マレーの論文には、マレー送信機の鑽孔タイプライターにおいて、毎分72ワードのスピードに達したオペレータの例が、紹介されていました。もちろん、全オペレータがそのスピードに達するわけではなかったのですが、それでも他の送信機よりマレーの鑽孔タイプライターは優っている、ということをマレーは強調し続けたのです。

(ドナルド・マレー(7)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。