地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第38回 日高貢一郎さん: 福岡の「はやかけん」「SUGOCA」

2009年3月7日

福岡市を走る地下鉄で新しくスタートするカードについて、面白い掲示を見ました。

3月7日から新しく便利なカードがお目見えするという、その名は「はやかけん」。

駅構内にはポスター【写真1】や、地元ソフトバンクホークスの和田毅投手を起用した立看板【写真2】が、また、地下鉄の車内にも吊り広告があり、駅の事務室には「『はやかけん』はやわかりガイド」というパンフレットが置かれていて、会社(福岡市交通局)の力の入れようが伝わってきます。

【写真1 「はやかけん」をPRするポスター】
【写真1 「はやかけん」をPRするポスター】
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【写真2 和田投手を起用した立看板】
【写真2 和田投手を起用した立看板】
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「はやか」はもちろん〔早い〕という意味の九州中北部の方言ですし、「けん」はチケットやカードを意味する〔券〕なのですが、実はもう一つの意味がかけてあります。

「は・や・か」は「くて、しくて、適な」券(カード)の頭文字をつないだものでもあり、「けん」は〔~だから〕という理由を表すこの地域の方言です。

つまり、このカードを利用すれば、〔早くて、利用者や環境に優しくて、快適な活用ができますから(ぜひご利用ください)〕というメッセージが込められたネーミングです。

なお、「はやかけん」は取りようによっては「早駆けん」〔早く走ろう〕と読めないこともありません。

【写真3 「SUGOCA」の車内吊り広告】
【写真3 「SUGOCA」の車内吊り広告】
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もうひとつ、これよりちょっとだけ早く、3月1日には「SUGOCA」というカードもスタートしました。同じく福岡県で利用可能で、こちらはJR九州が始めたものです【写真3】。

そのホームページによると、「Smart Urban Going Card」の略称だということですが、もちろん〔すごい!〕という意味のこの地域の方言の形容詞「すごか」にかけてあります。「ICカード導入に対する機能的メリットや新サービス開始へのインパクトを、九州地方で使われる方言で表現しています。また、親しみやすさを抱いてもらうと同時に、街中を賢く、スムーズに行き来できるという意味も込めています」と説明されています。

表記の「…OC…」のOの右側とCが白くなっているのは、「IC」を意味している由。

またこれをPRする蛙と時計のキャラクターも登場し、「お客さまに新しいICカードサービスの親しみやすさ、軽快感をイメージしていただけるよう、人気デザイナーのロドニー・A・グリーンブラットがデザインした、「カエルと時計」のキャラクターを採用しました。あわせて、列車の乗車スタイルを「変える」、駅等の店舗でも「買える」、列車で「帰る」という機能や、鉄道の持つ「定時性」も表現しています」という説明文も……。

こちらもすごい力の入れようであることがわかります。

これらよりも導入が早かったのが「よかネットカード」で、西鉄電車(天神大牟田線)・西鉄バス・福岡市営地下鉄で共通に利用できるプリペイドカードです。

「よか」はもちろん〔良い〕という意味の方言ですが、「よかネット」からは〔いいねぇ〕という響きも感じられます。

こういったことば遊びの要素をもって名づけられた乗り物関係のカードは、目を広く他の地方にも転じると、関西では「らくやんカード」(阪神電鉄)、「スルッとKANSAI」(大阪市交通局・南海電鉄・阪急電鉄・阪神電鉄)などがありますし、公共交通機関の乗車ICカードとしては世界初のポストペイ(後払い)方式を採用したという、PiTaPa(ピタパ)は、その「スルッとKANSAI」協議会が導入したもので、「Postpay IC for “Touch and Pay”」の略で、「ピッとタッチしてパッと乗る」ことを示しています。

JR西日本の「Icoca」(いこか)は「ICオペレーティングカード(IC Operating Card)」の略称ですが、「行こうか」という意味にもかけてあります。

JR東日本ほかの「Suica」(スイカ)は 「Super Urban Intelligent Card」の略称で、「スイスイ行けるICカード」の意味合いも持たせてあり、また野菜の西瓜(すいか)と語呂合わせをして親しみやすくしています。

北海道には「Kitaca」がありますが、名前の由来は「JR北(キタ)海道のICード」に基づくものですが、道外からの旅行者には「来たか」と歓迎されているような気分も味わえそうです。

以上、いずれも「―か」のローマ字表記が「―ka」でなく「―ca」であるのは、「Card」の意味をかけてあるからです。

今後も、こういったその地域らしさを活かして、地元の人たちに親しみをもって受け止められるような、方言を生かした愛称(ネーミング)はさらに増えていきそうです。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。