京都には、直接的な表現を避けて相手への気づかいを示す習慣があります。このことが極端に誤解されて他の地方へ伝わっているようです。その一例をあげてみます。
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「ぶぶづけ(【写真1】お茶漬け)」の「ぶぶ」は「お茶」の意味ですが、「お茶を引く(お客さんが一人も来なかった)」という花街(はなまち)の言葉があって、「お茶」を避けて、「ぶぶ」「おぶ」「おぶぅ」と言うようになりました。ところが「ぶぶづけいっぱいどないどす(ぶぶづけ、一杯いかがですか)」は、相手に帰宅をほのめかす合図です(もちろん、場面と相手によります)。「ほな、今日はおおきに。帰らしてもらうわ」というのが京都の作法です。「じゃ、大盛りでお願いします!」なんて言ったら、慌てて用意をしなければならず、京都の人は困ってしまうのです。状況判断を間違わないことが大切です。
次の例は土産物店で見つけたものです。「おあがりやす(【写真2】食べなさい・玄関先から家の中へ入ってくださいなどの意味)」の「~やす」は、「おきばりやす(ご苦労さま・お疲れ様)」、「はたらきやす(よく働きますね。挨拶ことば)」、「ごめんやす(失礼します)」のように使われます。滋賀でも「熱あるし、はよ 寝やす」など敬語として使われています。「ちゃんと 聞いといとくれやっしゃ(ちゃんと聞いていて下さいよ)」のように強調するときなどに「~やっしゃ」となります。よそのお宅にお邪魔するときなど返事がないと「ごめんやっしゃ」と玄関先で挨拶することがあります。
「ご朝食 どないしはります?よかったら うちんとこで 食べていかはりませんか?(【写真3】あさごはん、どう なさい(され)ますか? よかったら うちで たべて(召し上がって) いらっしゃいませんか(いかれませんか))」。レストラン街に貼ってあったこの宣伝文句には、「はる」敬語が二か所含まれています。「どない(どう)しはります?(しり上がり調)」と「いかはりませんか」です。関東では「食べる」という直接的な表現を避けて「召し上がる」が使われます。「はる」敬語が発達したために「食べる」がそのまま残った可能性があります。
京都の「はる」敬語は、「行きナハル」→「行きヤハル」→「行きャハル」→「行カハル」と変化したとされています。江戸末期か、明治期に発生したようです。明治維新に伝統的な公家文化が崩れ、多くの公家が東京へ移った時期とこれらの言葉の変化は関係があるかもしれません。なお、「はる」敬語にはいくつかの働きがあって「おみこしが来やはったで(お神輿が来た)」「おさるさんが寝たはる(猿が寝ている)」など身近な物、動物にも使うことができます。
「京みやげ よーけあります(【写真4】京土産、たくさんあります)」の「よーけ」はたくさんの意味です。「こない よーけ もろた(こんなに 沢山 もらった)」のように言います。大阪、兵庫、和歌山では「よーさん」で、もともと「ぎょうさん」と言ったそうですが、滋賀に「ぎょうさん」という地域があります。
京都については、第24回、第29回、第79回、第129回の関連記事を読んでください。辻加代子著2009『「ハル」敬語考』ひつじ書房を参考にしました。(写真はいずれも京都市内 で撮影)
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。