九州には、方言を活かした文芸が各地にあり、伝統のあるものでは、福岡の「博多にわか」、佐賀の「佐賀にわか」、熊本の「肥後狂句」、鹿児島の「さつま狂句」などは有名です。中には地元に愛好者のグループ=結社があったりして、熱心なファンから愛されています。またその成果をまとめた本がいくつも出ています。
大分には、「豊後浄瑠璃」という方言による語りものがあり、かつてはそれを得意とする人が、酒席や宴席などでリクエストに応えて自慢の語りを披露し、大いに盛り上がったものだと言います(ただし、豊後浄瑠璃の演目は「渡辺 綱の鬼退治」の話を地元の方言で語る、ただそれひとつしかないのですが……)。
大分にはその他の、にわか、狂句、川柳、などはなく、方言研究者の松田正義(故人)大分大学名誉教授が、自作の狂句・都々逸・狂歌のサンプルを示して、「大分でも方言短文芸を興したい」と提唱されたことがありました(『大分県史・方言篇』所収「文芸と大分弁」平成3年、などを参照)。が、これまでその機運が盛り上がることはありませんでした。
ところがその大分で、この4月から『毎日新聞』大分版で「大分弁俳句」の募集と掲載が始まりました。
『毎日新聞』が主催している「別府大分毎日マラソン」の応援企画として、平成20年からその時期だけ募集していたのを、好評につき定例化することにしたということです。
選者は、大分県臼杵市出身で、方言を活かしたコピーライター・タレントとして活躍する吉田 寛(よしだ・かん)さんです。
毎週火曜日に優秀作5句、最優秀作=「大賞」1句を掲載。最優秀作には選者による「評」が加えられ、毎月「月間大賞」も選ばれて翌月の初めに発表されます。
4月の各週の「大賞」は次の4句でした。
1.潮干狩よーけとれたちまた行くち 【評】 貝掘りの面白さを興奮して報告する、子供の顔が浮かびます。春の潮の香りも漂う句です。 2.見ちくりい男言葉の春ショール 【評】 おしゃれでかわいいショールを披露する際、つい「見ちくりい」と口走るおばさんの顔が浮かびます。 3.いびしいを英語と云うの桜人 【評】 「いびしい」(気味が悪い、汚い)という大分弁も、花見酔客には「EBC」という英語になるんですな。 4.しらしんけん蟻を見よっち大夕焼 【評】 「しらしんけん(一生懸命)」にアリの動きを見ていた自分も、いつの間にか大夕焼けに包まれていたという壮大な句です。
その中から「月間大賞」には 2. が選ばれ、5月1日(火)の紙面で発表されました。
なお、支局には読者から「この方言はどういう意味でしょうか?」という問い合わせが来るとのこと。たしかに読者は大分県の出身者とは限りませんし、大分の出身であったとしても、方言には地域差も世代差もありますから、無理からぬことでしょう。
また、「方言」は暮らしのことば・ふだん着のことばですから、うまく活用すれば、本音を率直に吐露したり的確な描写をしたりすることができますが、場合によっては「川柳」や「狂句」に近い滑稽味に傾いて行くこともありそうで、方言ならではの表現力や描写力、持ち味を活かしながら、「俳句」としての矜持を保ってどうバランスをとるか、難しい一面もありそうです。