てっぺん【天辺・頂辺】〔名〕(「てへん(天辺)」の変化した語)(1)兜(かぶと)のいただき。転じて、頭のいただき。*滑稽本・旧観帖〔1805~09〕初・二「たアことウぬかすと、てっぺんを張子の福介のやうにするぜへ」*二人女房〔1891~92〕〈尾崎紅葉〉上・三「天辺(テッペン)が〈略〉円く赤兀げに兀げてゐる」(2)物のいちばん高い所。頂上。いただき。*雑俳・花見車集〔1705〕「初の夢見に富士の頭上(テッペン)」*咄本・聞上手〔1773〕金物「五重の塔へ足代をかけさせ、てっぺんの擬宝珠をなめて見」*暗夜行路〔1921~37〕〈志賀直哉〉一・七「隣の梧桐の天辺(テッペン)から百舌が啼きながら逃げて行った」(3)はじめ。最初。真っ先。*談義本・八景聞取法問〔1754〕一・疱瘡の寄の跡「有徳な人の子供は、てっぺんから大医にかけて人参ずくめ」(4)物の極点。最高。最上。*談義本・根無草〔1763~69〕前・二「女房方、娘方、おやま、所作事引くるめて若女形のてっぺん」*歌舞伎・貢曾我富士着綿〔1793〕序幕「精進物の頂辺(テッペン)を知らないで詰まるものか」*滑稽本・浮世床〔1813~23〕初・中「親があらば親御たちへ不孝の天辺(テッペン)ぢゃ」(5)ホトトギスの鳴き声。*雑俳・柳多留-六六〔1814〕「初物のてっへん銭が入らず聞く」
第65回では「兜の部分の名」として「テヘン」を採りあげたが、現在も使うことがある「テッペン」はその「テヘン」から「変化した語」である。「である」は、今風にいえば「上から目線」という感じになるが、筆者も「そうだったか」と思った。迂闊といえば迂闊。中型辞書である『広辞苑』第七版を調べてみると、次のように記されている。
てっぺん【天辺】①(「頂辺」とも書く)かぶとの鉢の頂上。転じて、頭の頂上。てへん。→兜(図)。②いただき。頂上。「山の―」「ビルの―」③最高。最上。根無草「若女形の―」
同じ岩波書店から出版されている辞書であっても、小型辞書である『岩波国語辞典』第八版(2019年)には次のようにある。
てっぺん【△天辺】いただき。頂上。「頭の―から足の爪先(つまさき)まで」
上では「テッペン」が「かぶとの鉢の頂上」をあらわす語であったことが記されていない。『岩波国語辞典』の「第八版刊行に際して」には「現代語といっても、明治の後半ぐらいからを念頭に置く」であることが繰り返し述べられている。それはひろい意味合いでの現代語の辞書として編集しているということだろうから、「兜の部分の名」としての「テヘン」「テッペン」は見出しとしないし、語釈もそこまではさかのぼらない、ということだろう。もちろんそれでいいと思う。
現在『日本国語大辞典』の語釈(2)(3)の語義で「テッペン」を使っているので、それが一般的で、「兜の部分の名」が限定的な使い方に感じてしまうが、そうではなくて逆だということだ。このように変化後の語形や語義になれてしまっていて、「もともとはそうだったのか」と思う語形や語義というものがある。ここでまたオンライン版であるが、範囲を「全文(見出し+本文)」に設定して文字列「の変化した語」で検索をかけると、そういう見出しを探し出すことができる。例えば「あおにさい」だ。「ニセ」から「ニサイ」が派生している。
あおにさい【青二才】〔名〕(「青」は未熟の意、「二才」は若者の意の「新背(にいせ)」の変化した語)年が若く、経験に乏しい人を卑しめていうことば。*雑俳・西国船〔1702〕「あとがある三ケ月形りに青二才」*洒落本・風俗八色談〔1756〕一・野夫医神農の教を受る事「弓手(ゆんで)に青二才(アヲにサイ)の刀指。馬手(めて)の草履取が真鍮にて張くるみたる」*滑稽本・客者評判記〔1811〕下「青二才め、火がほしくばこちらへ廻れ」*雁〔1911~13〕〈森鴎外〉一五「乳臭い青二才(アヲニサイ)にも」
「アッケラカン」は現在も使うことがあるが、『日本国語大辞典』は「アッケラカン」の前に「アケラカン」という語形があったとみている。
あけらかん〔副〕(「と」を伴って用いることもある)口をあけてぼんやりしているさま、ぽかんとしたさまを表わす語。あっけらかん。あんけらかん。あけらけん。あけらこん。あけらひょん。あけらほん。あけらほんのり。*滑稽本・六阿彌陀詣〔1811~13〕二・上「使の口上を忘るる三助どのも、釣する側にあけらくはんと」*義血侠血〔1894〕〈泉鏡花〉六「呆然惘然(アケラカン)と頤(おとがひ)を垂れて」*新浦島〔1895〕〈幸田露伴〉一二「セコンド鍼(ばり)のかちかちと忙しく進み行く世にあけらかんと日を消し」
あっけらかん〔副〕「あけらかん」の変化した語。(1)手持ち無沙汰であるさま、何もすることがないさまを表わす語。*和英語林集成(初版)〔1867〕「Akkerakan (アッケラカン)ト シテ ヒ ヲ クラス」(2)意外な状況に直面したり、あきれはてたりして、ぽかんとしているさま、放心状態にあるさまを表わす語。*藪の鶯〔1888〕〈三宅花圃〉一〇「今更お嬢さんにねとられましたからって、あっけらかんとしてゐられやアしません」*明暗〔1916〕〈夏目漱石〉一七〇「黄色に染められた芝草の上に、あっけらかんと立ってゐる婦人を後にして、うんうん車を押した」*マンボウぼうえんきょう〔1973〕〈北杜夫〉机と椅子「机の上にごしゃごしゃにつんだ本やノートなどを、一仕事すませて片づけたりすると、そのあとアッケラカンとして、次の仕事にとりかかるまで時間がかかる」(略)
「アケラカン」が先であるとすれば、促音が加わった語形が「アッケラカン」ということになる。「アケラカン」には『*滑稽本・六阿彌陀詣〔1811~13〕』の使用例があげられているが、「アッケラカン」にあげられている使用例では『*和英語林集成(初版)〔1867〕』がもっとも古いことがそれを裏付けているだろう。と、ここまで書いてきて、「江戸後期の狂歌師、洒落本作者」である山崎景貫が「朱楽菅江(アケラカンコウ)」を名乗ったが、その「アケラカン」はこの「アケラカン」なのだろうか? とふと思った。そう思って少し調べてみると、(現代語寄りの判断ということになるだろうが)「アッケラカン」をもじったもの、というような言説がみられた。野暮を承知でいえば、厳密にいえば、「アケラカン」をもじったものというべきだろう。