人名用漢字の新字旧字

人名用漢字の源流(第1回)

筆者:
2011年3月10日

今月24日に『新しい常用漢字と人名用漢字』が発売されます。三省堂ワードワイズ・ウェブでの3年3ヶ月に渡る連載が、ようやく書籍の形で結実することとなりました。でも、実際に書籍として執筆してみると、ウェブ連載では書かなかったアレやコレやのネタを盛り込みたくなってしまい、結局、第1章「常用漢字と人名用漢字の歴史」は完全に書き下ろしとなりました。出版記念と言っては何ですが、第1章の内容を要約したり、あるいはちょっと脱線してみたりしながら、人名用漢字の源流を、昭和26年まで追ってみたいと思います。

名のつけ方委員会と『標準名づけ読本』

昭和13年7月11日、国語協会が主催した第1回国語運動懇談会では、漢字制限に関する様々な議論がたたかわされました。中でも東京高等学校の宮田幸一は、子供の名づけに関して、以下のような提案をおこないました(『国語運動』昭和13年9月号671頁)。

私は国語協会が命名問題について委員を設けて調査し、その結果を広く社会に訴えられることを提案する。漢字の制限整理の問題を最も困難にするのは固有名詞である。地名については別に考えることとし、人名の中、姓は変えることが困難だが、名は名づけの際自由にきめることができるし、今ついている名も長くて50年であるから、将来の名づけについて適当な案を立てたい。私も名として適当なやさしい、美しい字500くらいを選んでみたことがある。その解決には立法的な手段もあるだろうが、まず協会の調査の結果とその趣旨を力説したパンフレットを作って、社会の各方面に宣伝し、子供の名づけについて世間の注意を求めたいと思う。

この提案を受けて、国語協会は、名のつけ方委員会を組織しました。委員会の委員は、国語協会常務理事の岡崎常太郎、司法研究所の垂水克己と林徹、日本女子高等学院の吉田澄夫、そして、宮田幸一の5人でした。名のつけ方委員会は、昭和13年9月29日から昭和15年9月17日まで18回の会合を開き、昭和15年12月15日に『標準名づけ読本』を発表しました。子供の名づけに使うべき500字を、国語協会として選定したのです。

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これら500字は、『日本紳士録』(交詢社)から男性名を、『婦人年鑑』(東京聯合婦人会)と実践女学校の卒業生名簿から女性名を集め、そこから5人の委員の取捨選択によって決定したものでした。ただし『標準名づけ読本』の500字は、あくまで国語協会が発表したものであり、公的な拘束力はありませんでした。

(第2回「氏名等を平易にする法律試案」につづく)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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