人名用漢字の新字旧字

第4回「国」と「國」

筆者:
2008年2月7日

旧字の「國」は人名用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。新字の「国」は常用漢字なので、やはり子供の名づけに使うことができます。つまり、「国」も「國」も出生届に書いてOK。でも、「国」と「國」の両方が子供の名づけに使えるようになったのには、かなり微妙な歴史が背景にあるのです。

太平洋戦争中の昭和17年6月17日、国語審議会は文部大臣に標準漢字表を答申しました。標準漢字表には旧字の「國」が収録されていて、さらに、囗の中に王を書く「」がカッコ書きで添えられていました。つまり「國()」となっていたわけです。標準漢字表では、「」はカッコ書きになっているものの、一般に使用して差し支えないということでした。そして、新字の「欧」が当用漢字になったように、「」も同じく当用漢字になれるはずでした。しかし日本の敗戦によって、囗の中に王を書く「」という漢字は、数奇な運命を辿ることになります。

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終戦後の国語審議会は、当用漢字表を作るにあたり、標準漢字表の新字は基本的に当用漢字表に採用する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがえば、囗の中に王を書く「」は、そのまま当用漢字になるはずでした。ところが国語審議会は、この「」という漢字には、いささか問題があると考えました。「」は、囗の中に王がいる「くに」であり、戦前戦中の帝国主義を表現した漢字だというのです。戦後の日本にそぐわない漢字だというのです。この結果、昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表では、旧字の「國」が収録されました。囗の中に王を書く「」は、当用漢字になれませんでした。

昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「國」が収録されていましたので、「國」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。一方、国語審議会は、当用漢字表の字体の整理を進め、昭和23年6月1日に当用漢字字体表を答申します。 当用漢字字体表では、旧字の「國」に代えて、囗の中に玉を書く「国」が収録されていました。囗の中にいるのは、王ではなく玉になってしまったのです。昭和24年4月28日に、この当用漢字字体表が内閣告示された結果、新字の「国」が当用漢字となり、旧字の「國」は当用漢字ではなくなってしまいました。

当用漢字表にある旧字の「國」と、当用漢字字体表にある新字の「国」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「國」も新字の「国」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。囗の中に王を書く「」は、もはや完全にカヤの外です。その後、常用漢字表の時代になって、「国」は常用漢字になりましたが、一方、旧字の「國」はそれまで子の名に使えてきた経緯を踏まえて、人名用漢字となりました。この結果、現在に至っても、旧字の「國」と新字の「国」の両方が、子供の名づけに使えるのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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