『日本国語大辞典』は動植物名も見出しとしているので、「アカゲザル」(動物)「アカアシクワガタ」(昆虫)「アカアマダイ」(魚)「アカガシ」(植物)などの見出しがある。しかしその一方で、幼体がミドリガメという名前で売られ、日本中にひろく棲息するようになったアカミミガメは見出しとなっていないので、見出しとなる何らかの基準はあるのだろう。「ミドリガメ」は見出しとなっていて、「アメリカ原産のヌマガメ科の子ガメのこと。背甲が緑がかっているためにこの称があり、ペットとして人気がある」と説明されている。
『日本国語大辞典』をよんでいると、次のような見出しがあった。
1くさいなぎ【野猪】〔名〕「いのしし(猪)」の古名。一説に、「たぬき(狸)」の古名ともいう。
2こわみ〔名〕「たぬき(狸)」または、「あなぐま(穴熊)」の異名。
3たたけ【狸】〔名〕(「たたげ」とも)(1)「たぬき(狸)」の異名。(2)筆の穂にする狸の毛。
4たのき【狸】〔名〕「たぬき(狸)」の変化した語。
5とんちぼお 方言〔名〕(1)動物、むじな(狢)。忌み言葉。(2)狢の子。(3)動物、たぬき(狸)。
6はちむじな【八狢】方言〔名〕動物、たぬき(狸)。
7まみ【貒・猯・狢】〔名〕穴熊(あなぐま)、狸(たぬき)などの類。
8めこま【狸】〔名〕「たぬき(狸)」の異名。
2「こわみ」の使用例として、「和訓栞〔1777~1862〕」の「こはみ 狸に似てちひさく好んて人家に住い其身の内至て強きをもて名く是むじな成へし」という記事があげられている。『日本国語大辞典』第2版には「主要出典一覧」などを示した「別冊」が附録されている。それによると「和訓栞」のテキストとして、具体的には1898年に刊行された『増補語林 倭訓栞』を使っていることがわかる。これは活字テキストである。亀甲括弧内にある「1777~1862」は『和訓栞』の版本が刊行された年である。実は活字テキストには「狸に似てちひさく好んて人家に住り其身の内至て強きをもて名く是むじな成へし」とあって小異(太字部分)がある。ついでに版本(中編巻8・31丁表)を確認してみると、「狸に似てちひさく好んて人家に住り其身の内至て/強きをもて名く是むしな成へし」とあって濁点は使われていない。なぜ依拠テキストを調べてみようと思ったかといえば、「住い」は「住ひ」ではなくてほんとうに「住い」と書いてあるのかなと思ったことと、「むじな成へし」の箇所で、「むじな」では濁点を使い、「成へし」では使っていなかったので、そういうことは絶対ないというわけでもないが、なんとなく落ち着かない感じがしたためだ。調べた結果、少しずつ異なっていたが、それを問題視しようとしているわけではまったくない。このくらいのことはあるだろう。
4は「タヌキ」から「タノキ」になったのであれば、「ヌ」が「ノ」に変わった、つまり母音の[u]が[o]に替わった「母音交替形」にあたる。室町時代頃には[u]が[o]に替わる母音交替形が少なくなかったことがわかっている。「クヌギ(櫟)」が「クノギ」になった例などが知られている。
5と6とは方言だから、あまり耳にしたことのない語だが、「とんちぼお」はなんかかわいい感じがする。
7の「まみ」は東京都港区麻布に「まみあな」という地名がある。
上では「タヌキ」「アナグマ」「ムジナ」と3種類の動物の名前がでてきているが、たしかに山の中で遭遇した動物が何か、ということはよほど動物に詳しくなければわからないだろうし、文献に記されている動物が何かだって、その記事から特定できるとは限らないから、いろいろと「揺れ」が生じることは自然であろう。
さて今度は植物名の話。『日本国語大辞典』をよんでいて、「サルトリイバラ」には異名が多いことに気づいた。そもそも「サルトリイバラ」があまり知られていないかもしれないが、『日本国語大辞典』は次のように説明している。
さるとりいばら【菝葜・猿捕茨】〔名〕(1)ユリ科の落葉低木。各地の山野に生える。高さ〇・六~二メートル。茎はつる性で節ごとに曲がり、まばらにとげがある。(略)和名はサルが棘(とげ)にひっかかる意からつけられた。漢名、菝葜。さるとり。さるかき。さるかきいばら。さるとりうばら。さるとりばら。さんきらい。わのさんきらい。
上にも幾つかの異名があげられているが、上以外にも次のような見出しを見つけ出すことができる。「いぎんどう」「いびついばら」「うまがたぐい」「かからいげ」「かごばら」「さるかけいばら」「さんきらいいばら」「たまばら」「ほらくい」には「植物「さるとりいばら(菝葜)」の異名」と記されている。また、「おおうばら」「かから」「かきいばら」「かたらぐい」「かめいばら」「がんたち」「がんたちいばら」には「植物「さるとりいばら(菝葜)」の古名」と記されている。そして「かないばら」「まがたら」「もがきばら」「もちしば」には「方言 植物。(1)さるとりいばら(菝葜)」と記されている。方言形は他にもある。
1つの植物の名称が複数あるということは、それだけその植物が目につきやすかったり、生活の中で「出番」があったということが推測される。たとえば薬になるといった場合だ。「かめいばら」の他に「かめのは」という見出しもあって、そこには「方言 植物。(1)(葉の形が亀の甲に似ているところから)さるとりいばら(菝葜)」と記されている。「かめいばら」は「亀茨」ということだ。見出し「おさすり」の方言(2)には「菝葜(さるとりいばら)の葉で包んだ団子、または餅(もち)の類」とある。あるいは見出し「いげのはまんじゅう」には「方言 菝葜(さるとりいばら)の葉で包んだ団子」とあって、亀の甲に似た形をしているというサルトリイバラの葉に団子や餅を包んでいたことが推測される。それで身近な植物だったのであろう。
20年ほど前になるが、高知大学に勤めていたことがあった。その時、毎週木曜日に「木曜市」に行くのが楽しみだったが、そこで(おそらく)サルトリイバラの葉に包んだ餅を売っていたような記憶がある。ことばとともに懐かしい記憶が甦るのも、『日本国語大辞典』をよむ楽しさだ。
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