今週のことわざ

刎頸(ふんけい)の交(まじ)わり

2008年8月4日

出典

史記(しき)・廉頗(れんぱ)藺相如(りんしょうじょ)列伝

意味

親しい交際。心からの深い交わり。「刎(ふん)」は、首をはねること。頸(けい)は、首。友のためには、たとえ自分の首をはねられても悔いないほどの、親しい結びつきということ。

原文

廉頗聞之、肉袒負荊、因賓客藺相如門罪曰、鄙賤之人、不将軍寛之至一レ此也。卒相与驩、為刎頸之交。〔廉頗(れんぱ)これを聞き、肉袒(にくたん)して荊(いばら)を負い、賓客(ひんかく)に因(よ)りて藺相如(りんしょうじょ)の門に至り罪を謝して曰(いわ)く、鄙賤(ひせん)の人、将軍の寛(かん)のここに至れるを知らざるなり、と。卒(つい)に相与(あいとも)に驩(かん)し、刎頸(ふんけい)の交わりを為(な)す。〕

訳文

(趙(ちょう)の恵文王(けいぶんおう)の家臣に廉頗(れんぱ)と藺相如(りんしょうじょ)がいた。そのころ秦(しん)の昭王(しょうおう)が趙を攻めて、大いに破り、河南(かなん)省澠池(べんち)で和平交渉をしようと申し入れてきた。恐れて行きたがらぬ趙王を励まし、藺相如が随行し、廉頗が留守を守った。藺相如は趙王を侮辱しようとする秦王と堂々とわたり合い、趙の名誉を守った。廉頗も留守を固く守り秦を寄せつけなかった。趙王は帰国すると、藺相如の功を第一とし、廉頗よりも上位に任じた。廉頗はこれを怒って、相如を侮辱してやると放言していた。相如はいつも廉頗と顔を合わせるのを避けていた。相如の部下がこれを歯がゆく思い、相如に、なぜ廉頗を恐れるのかと責めた。相如は言った。「秦でさえ恐れぬわたしが廉頗将軍を恐れるはずはない。ただ、強国秦が趙を攻めないのは、廉将軍とわたしがいるためだ。今この二人《=両虎(りょうこ)》が争ったら、共に滅びるだろう。国家の大事を前にして、私事の争いは避けるべきだ。」)廉頗はこれを聞いて大いに恥じ、肌脱ぎになり荊(いばら)の杖(つえ)を背負って、(自らを罰する気持ちを示し)食客に仲立ちを頼んで藺相如の家に行き、罪を謝して言った。「つまらぬ、いやしいわたしのようなものに対して藺将軍がこれほどまでにお心が広いとは知りませんでした。」と。ついに二人は心を許しあい、首をはねられても恨みに思わず、生死を共にする交わりを結んだ。

類句

◆管鮑(かんぽう)の交(まじ)わり◆金石(きんせき)の交(まじ)わり◆金蘭(きんらん)の契(ちぎ)り◆断金(だんきん)の契(ちぎ)り◆莫逆(ばくぎゃく)の友(とも)

筆者プロフィール

三省堂辞書編集部