地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第168回 日高貢一郎さん:大分県中津市はからあげの聖地?

2011年9月17日

「天高く馬肥える秋」「読書の秋」「スポーツの秋」「芸術の秋」……、と様々なキャッチフレーズのある秋ですが、「食欲の秋」も代表的なものの一つでしょう。

まちおこしの手段として、食べ物を素材にし、マスメディアなどに話題を提供して知名度アップを図る手法は、すっかりおなじみになりました。
 それも特に高級な食べものや食材ではなく、「B級グルメ、B級ご当地グルメ」などとも呼ばれるように、身近で大衆的なところがミソで、庶民的なものであるほうが、より親近感を持たれ、また広がりを持たせやすいのでしょう。

(クリックで拡大します)

【写真1 中津市のからあげ店の看板】
【写真1 中津市のからあげ店の看板】

最近、知名度が上がっているものの一つに、大分県中津市の「からあげ」があります。鶏肉に各店がそれぞれ工夫した味付けをし、衣をつけて油でカラッと揚げたもので、ご飯のおかずにもおやつにもピッタリで、市を挙げて知名度アップに力を入れています。
 中津市役所のホームページには、市内のからあげ店42軒が紹介されています。

中津からあげのリーダー店のひとつ「もり山」には、店頭に方言で書かれた大きな看板が掲げられ、その魅力をアピールしています。

中津名物とりのからあげ
にんにくのいいにおいが ぶあっとして
今すぐごはんが食べとなる
今すぐ酒が飲みとなる
にごじゅうの人(し)も
食べたらすぐに 元気がでてくるで
さあ食べちょくれ

「にごじゅうの人(し)」の、「し」は「おとこし・おなごし(男衆・女衆)、わけーし(若い衆)」のように使われ、〔~の人(たち)〕という意味ですが、「にごじゅう」は掛け算の「二×五=十」から転じた語で、〔当たり前、見たまんま、その通り〕ということから、さらに〔完敗、お手上げ〕などいろいろな意味あいでも使われるようですが、店主によるとこの看板では〔くたびれた人、元気のない人も食べたらすぐに元気が出てくるぞ〕といった意味を込めて使用したということです。
 「食べちょくれ」は「食べておくれ」の変化したもので、大分の方言では「~して」が「~しち」となりますから「~しちおくれ」となり、さらに「~しちょくれ」と変化したもので、〔食べてください〕という意味です。

「日本唐揚協会」という、からあげをこよなく愛する人たちで作っている組織があり、中津市はその関係者の間では「聖地」とまで呼ばれている由。

【写真2-1 店頭ではためくのぼり】【写真2-2 店頭ではためくのぼり】
【写真2 店頭ではためくのぼり2種】

地元でもどの店の味がいいか食べ比べて各人それぞれにひいきの店、好みの味があるそうで、競争が工夫を生みだし、それがまた各店の知恵を引き出し、話題が話題を呼ぶ相乗効果を上げているとのこと。B級ですから財布にもそれほど大きな影響を与えませんし、食べ歩きの楽しみも尽きません。

なお、大分県内ではその他にも、中津市の南に隣接する宇佐市も、日本で最初のからあげ専門店が生まれたとされ、“我がほうが先輩格”だと、同様にPRに力を入れています。
 その記念碑も建てられ、ゆるキャラの「うさから」君も作られて盛り上げを図っています。

また、大分市の鶏肉の天ぷら=いわゆる「とり天」はかなり前から知られています。

総務省の家計調査から算出した鶏肉消費量ランキング(2008年)によると、大分県は1世帯当たりの鶏肉の消費量が、全国第1位を誇っており(九州は、全国7位までに長崎を除く6県がランクイン)、そういう土壌の上に、こういった食べ物が展開され、好まれることにつながっているようです。

《参考》
 大分県中津市のホームページ(https://www.city-nakatsu.jp/)には、市内のから揚げ店42軒が地図入りで紹介されています。
 日本唐揚協会のホームページは、//karaage.ne.jp/を参照。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。