地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第260回 大橋敦夫さん:方言の継承を銘菓に託して(長野県千曲市)

筆者:
2013年6月29日

更埴市と戸倉上山田町が合併して誕生した千曲市で、方言による命名の和菓子を見つけました。その名は、「さんちょ」。

商品に添えられたお品書きには、次のような説明があります。

 山々に囲まれた信州で、山の中のことを さんちょ と言っていました。
 そんな信州の山中、さんちょで採れた胡桃(くるみ)と山芋をたっぷりと使って焼き上げ、口溶けの良い高級和三盆糖で包んだお菓子です。

【写真2】
さんちょ(中身)
【写真3】
さんちょ(お品書き)
(クリックで拡大)

「さんちょ」と名付けた理由について、考案者の大久保寛さん(御菓子司・青柳 取締役会長79歳)は、「信州と千曲市の文化や魅力を詰め込むつもりで、山の材料を使ったので、地元のお客さんに親しみを持ってもらえるように」と、おっしゃっています。

「さんちょ」という語について、方言集では、

サンチョ……山中の音読。信州にはこの語弊が多い。サンチョーとも言う。

(『上田附近方言調査』明治40年)

と、説明しています。確かに、「ユ・キュ・シュ・チュ・ジュ」などの音が、「ヨ・キョ・ショ・チョ・ジョ」となるのは、この地域の発音上の特色です。

地元在住の方の手になる方言集(若林延二氏『屋代の方言集』昭和63年)にも、

   冬……フヨ     中学校……チョオガッコ
   灸……キョ     庵主様……アンジョサマ
   旬……ション

のような用例が載っています。

ただし、若い世代ほど、このような発音はせず、u→oといった変化は起こらなくなっています。

「さんちょ」が今後に継承されるかについては、第25回全国菓子大博覧会・茶道家元賞受賞(2008年)という、「実力」に期待しましょう。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。