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曲のエピソード
ヴェトナム戦争での敗戦の後、アメリカ社会には空虚感と疲弊感が蔓延する。ヴェトナム帰還兵の多くは、戦場で目の当たりにした凄惨な光景のフラッシュバックに苦しみ、中にはドラッグやアルコールに溺れてしまう者も……。そんな社会の行き場のない閉塞感を、“ホテル・カリフォルニア”という架空の建物(あるいは場所)に、抗い難い力に導かれて足を踏み込んでしまったひとりの男性を代弁者に仕立てて語らせたのがこの名曲。メロディやギターのリフは一度耳にしたら忘れられないが、英語圏の人ですら一聴してすぐには意味を汲み取れない歌詞はかなり難解。また、この曲が大ヒットしていた当時、イーグルス(Eagles)がロック・ミュージック界における“麻薬の最大消費バンド”だった、という事実も忘れてはならない。イーグルスのファンの間で、この曲は閉塞感が漂うアメリカ社会を揶揄したものである、という説と、搾取と麻薬乱用が公然とまかり通っているロック・ミュージック界への痛烈な批判である、という説が昔からある。
曲の要旨
夜のハイウェイを車(あるいはバイク)で飛ばしていると、そこには人っ子ひとり、いや、車一台通らない荒涼とした光景が広がっていた。今夜はどこでどう過ごそうかと考えあぐねていた矢先、遠くに灯りを発見し、とりあえず俺はそこを目指す。するとそこは、どこやら謎めいたカリフォルニアという名のホテルだった。ここは天国、ひょっとすると地獄の入り口かも知れないと思いつつ、今夜の宿が見つかった安堵感が先立って、うかうかとチェックインを済ませてしまう。ある宿泊客はしたり顔で言った。「私たちは自らの意思でここに幽閉されている」と。この場所は一体……? 足を踏み入れてはいけない場所へ来てしまったことに気付いた俺は、逃げるしかないと思った。が、そこは一度チェックインしたら二度とはチェックアウトできない恐怖の館だった……。
1977年の主な出来事
アメリカ: | 第39代大統領に民主党のジミー・カーターが就任。 |
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カーター大統領がヴェトナム戦争の徴兵忌避者を特赦する。 | |
日本: | 正月早々に青酸カリ入りコーラ無差別殺人事件が発生。 |
世界: | イギリスが生んだ喜劇王チャールズ・チャップリン死去。 |
1977年の主なヒット曲
Dancing Queen/ABBA
Evergreen (Love Theme From “A Star Is Born”)/バーブラ・ストライザンド
Rich Girl/ダリル・ホール&ジョン・オーツ
You Light Up My Life/デビー・ブーン
How Deep Is Your Love/ビージーズ
Hotel Californiaのキーワード
(a) desert
(b) colitas
(c) face
(d) spirit/1969
(e) beast
この曲の歌詞については、たとえ英語に精通している日本人といえども誤解しやすい。内容が難解であることを考えれば、それもむべなるかな。筆者の知人で翻訳家の某氏は、「“1969年製のワインも冷えてますよ”ってホテルのボーイが言うんですよね」と嬉しそうに筆者に向かって言った。あちゃー。全然、違いますって。確かに、この曲の歌詞には1969年という年が象徴的に登場するのだが。それについては後述する。
筆者は中学生時代、たまたまTVでこの曲のPVらしきものを目にした。今では様々な動画サイトで見ることができるライヴの映像である。当時は洋楽アーティストが動くところを見られる機会なんて滅多になかったものだから、その際の印象は今なお強烈だ。何よりも驚かされたのは、ドラマー(ドン・ヘンリー)がリード・ヴォーカルだったこと! ロック・バンドに対する漠たるイメージは、楽器を演奏しないリード・ヴォーカルがいて、その後ろに各楽器の演奏者が控えている、というものだったから。ドラムを叩きながらリード・ヴォーカルをも担うアーティストは、カーペンターズのカレンが有名。子供の頃、やはり彼らの映像を初めて見て驚愕した憶えがある。
それはさておき。今ここで1977年にタイムスリップして当時の自分を思い返してみると、家にいる時はとにかく四六時中FEN(現AFN)を聴いていたことが真っ先に思い出される。そしてこれまた四六時中、FENから「Hotel California」が流れていた。もともとR&B/ソウル・ミュージックの愛好家だったが、あの時ばかりは町の小さなレコード屋に行って思わず小遣いでこのシングル盤を買ってしまったほどである。が、付随する歌詞カードを読んでみても、その意味はチンプンカンプンだった。英語圏の人とってすら難解な歌詞が、日本の片田舎に暮らす中学生に解るはずもない。
曲の主人公は夜のハイウェイを車もしくはバイクで疾走している。が、この曲が収録されている日本盤CDに付随する「対訳」(音楽業界では洋楽ナンバーの訳詞をこう呼ぶ)では、“砂漠のハイウェイ”という誤訳のままだ。1977年当時の対訳を流用しているのだろうが、これはいただけない。ここでの(a)“desert”は“highway”を修飾する形容詞だが、辞書で調べると、“砂漠の(ような)、砂漠に生育する”といった意味の他に“不毛の、淋しい、住む人もいない”といった意味も載っている。曲全体に漂う妖しげなムードを考えてみた場合、この“desert”がこれから足を踏み入れる異空間=ホテル・カリフォルニアを想起させる布石となっていることは明らか。となると、後者の意味の“淋しい”が真の意味であり、意訳するなら“荒涼とした、寒々とした”となるのは必定。そこからすでにホテル・カリフォルニアへの後戻りできない道が始まっているのだ。
イーグルスがロック・ミュージック界における麻薬の最大消費バンドだった、ということは先述した。そのことを象徴するかのような摩訶不思議な単語が歌詞に滑り込ませてあることにお気付きだろうか?
(b)“colitas”。英和辞典にも英英辞典にも載っていない、何語とも知れぬ言葉。じつはこれは、1970年代当時、イーグルスのツアー・マネージャーを務めていたメキシコ系アメリカ人の男性がバンドのメンバーに教えた言葉である、というのが定説になっている。意味は“マリワナ”。ある種の薬草である、とする説もあるが、それだけではドラッグと結びつかない。ツアー・マネージャーが「colitasはlittle buds(budはスラングでmarihuanaの意)のことだ」とメンバーたちに教えたことから、この単語が歌詞に登場することになった。恐らく当時のアメリカ人もその他の英語圏の人々も、“colitas”が何を指すのかハッキリとは判らなかっただろうが、イーグルス=麻薬の最大消費バンドという言わば公然の事実を知っている人々は、すぐさまその言葉から何かしらの麻薬を想起したことだろう。“どこからともなく漂ってくるcolitasの香りに鼻をくすぐられ”た瞬間から、曲の主人公は自分が向かう先が怪しげな場所であることを察知していたのかも知れない。
私事ながら、講師を務めている翻訳学校では、受講生さんたちに口を酸っぱくしてこうくり返している。「どんなに簡単で単純な単語でも、必ず一度は辞書で調べるように」と。知ったつもりになっていた単語であっても、意外な意味が潜んでいる場合が少なくないから。この曲に登場する(c)“face”もまた、そんな単語のひとつ。歌詞ではホテル・カリフォルニアの従業員が、そこを訪れた主人公に向かって「(ここは)a lovely faceでしょう」と語りかける。ここを「可愛い顔でしょう」、「美しい表情です」と解釈してしまったのでは、原意からかなりかけ離れた誤訳になってしまう。
そこで辞書を引いてみる。“face”には、“顔、顔つき、表情”以外に“物の表面(surfaceと同義)、外面、外観”という意味もあるのだ。この言葉が後者の意味で使われているフレーズを以下のように書き換えてみる。
♪The Hotel California has such a lovely face, doesn’t it?
もとの歌詞には主語がないため、“a lovely face”の主語はホテルの宿泊客のひとりだと勘違いする向きもあるだろう。が、それは絶対にあり得ない。何故なら、この曲には主人公以外にも様々な人物――入り口に立って主人公を建物の中へと誘う女性、ルームサービスの電話を受けるホテルの従業員、このホテルに宿泊している大勢の人々――が登場するからだ。“lovely face”が単数形であることを確認した時点でそのことに思い至れば、誤った解釈をせずに済む。
そして例の(d)“1969”である。激動の時代だった1960年の最後を飾るこの年、アメリカでは音楽の一大イベントが行われた。今なお語り継がれているウッドストック(同年8月にニューヨーク州南東部に位置するウッドストック村で行われた大々的な野外コンサート)である。約50万人の聴衆を集めたというのだから、その規模の大きさが判ろうというもの。ウッドストックの模様はDVDなどで今でも見られるが、観客に注目すれば、夏だったせいもあってか、上半身裸の男性、ほとんど下着姿のような女性が聴衆の中で目立つ。さらに言えば、明らかにマリワナを吸ってハイになってる人々もいる。「Hotel California」でいうところの“1969年”は、ウッドストックに象徴される、当時のそうした雰囲気を多分に意識していると考えて間違いない。主人公がルームサービスで好みのワインを頼もうとすると、従業員は素っ気なくこう言うのだ。「1969年以来、当ホテルではそのようなspirit(酒と精神のダブル・ミーニング)は扱っておりません」と。ここを深読みするなら、「もう1969年当時のような精神(燃え盛るヴェトナム戦争への反戦運動、ヒッピー文化の勃興)はこの国には残っておりません」。
1969年製のワインが冷えていたのではない。1969年という時代にアメリカの多くの若者たちが抱いていた熱い思いや、ヒッピー文化を築き上げんとして唱えた“Love & Peace”の精神がすっかり冷え切ってしまっていたのだ。この曲のフレーズの中でも、1977年のアメリカ社会に蔓延する空気を最も象徴する箇所である。
この曲の主人公は、たまたまホテル・カリフォルニアに足を踏み入れて後戻りできなくなった男性だが、では、曲の途中に登場する“she”は誰を指すのか? じつは、唐突に登場する“彼女”は、アメリカ社会を暗喩しているのだった。英語には男性名詞、女性名詞の区別がない、と思われがちだが、“国”、“船”、“城”などは女性名詞であり、代名詞として“she”が用いられることもある。かのキング牧師が有名なスピーチ“I Have A Dream.”の中で、“It is obvious today that America has defaulted on this promissory note in so far as her citizens of color are concerned.”と語っていることからもそのことが判る。ここの“she”を漠然と“彼女”と解釈してしまうと、歌詞がいわんとしていることが全く判らなくなってしまう。そこを“アメリカ社会”に置き換えると、1977年当時のアメリカに蔓延していた享楽主義への痛烈な批判がそこのフレーズから浮かび上がってくる。
比喩やダブル・ミーニングがあちらこちらに散見される歌詞の終盤にも、これまたギョッとするような単語(e)が登場する。曰く「誰もbeastを殺すことはできない」。“the beast”となっているから、そこには相互理解が介在する。「ほら、君たち(=この曲を聴いてる人々)も知ってる例のbeastを殺すことはできないんだ」と。
ここでまた辞書を引いてみる。“獣、家畜、野獣”といった多くの人々が知っている意味の他に、そこには仰天するような意味が潜んでいたのだった! スラングとして、“ヘロイン、LSD(精神分裂症を引き起こす危険性が極めて高い幻覚剤)”を意味すると。手持ちのありとあらゆるスラング辞典でもっと詳しく調べてみたところ、次のように二分されることを突き止めるに至った。
○beast その1:1950年代にヘロインもしくはヘロイン中毒者を指す言葉として使われた。
○beastその2:1980年代以降、現在に至るまでLSDを指す言葉として使われている。
「Hotel California」が発表された1977年は、その1とその2の間に位置する年だが、その2の意味がまだ発生していなかったとするなら、やはりここは“ヘロイン”と解釈するのが妥当だろう。「ヘロインを殺すことはできない」は、すなわち「ヘロインをやめることはできない」を比喩的に言っているフレーズだったのだ。
この曲が大ヒットしてから約3年後の1980年、共和党のロナルド・レーガンが大統領選で勝利。悪名高きReaganomics(レーガン大統領による経済政策で、1982年にはアメリカ国内の失業率がとうとう11パーセントの2ケタに達するという事態を招いた)の序章であった。そしてアメリカ社会は、「Hotel California」の終盤で歌われているように、閉塞感から“決してチェックアウトできない”状況の深みへとますますはまることになる。