新字の「慧」は人名用漢字なので子供の名づけに使えるのですが、旧字の「慧」(右図参照)は子供の名づけに使えません。「慧」は出生届に書いてOKだけど、「慧」はダメ。どうしてこんなことになっているのでしょう。
昭和53年11月、法務省民事局は全国の市区町村を対象に、子供の名づけに使える漢字として追加すべきものを調査しました。昭和54年1月25日に発足した民事行政審議会では、この調査をもとに、人名用漢字の追加が議論されました。この時、追加候補となった漢字の一つに、旧字の「慧」がありました。ただ、旧字の「慧」をそのまま人名用漢字に加えるわけにはいかない、と、民事行政審議会は考えました。というのも、この時点の常用漢字表案(昭和54年3月30日、国語審議会中間答申)には、「急」や「雪」が収録されていたからです。つまり、常用漢字表の「急」や「雪」に字体をそろえるなら、旧字の「慧」ではなく、新字の「慧」を人名用漢字に追加すべきだ、ということになったのです。この結論にもとづいて、昭和56年10月1日、新字の「慧」が人名用漢字に追加されました。
平成27年3月26日、大和高田市役所に、とある夫婦の長男の出生届が提出されました。この出生届には、旧字の「慧」が含まれていたのですが、市役所はこれを受理してしまい、ミスに気づいたのは3月31日になってからでした。大和高田市は、このミスについて、奈良地方法務局葛城支局に処理照会をおこなうとともに、夫婦に対して、新字の「慧」に訂正してもらうようお願いしました。別字への変更は家庭裁判所の許可が要るのですが、旧字の「慧」から新字の「慧」への変更であれば、本人あるいは親権者の申出により市長が職権で変更できるからです。
大和高田市からの「お願い」に対し、夫婦は、旧字の「慧」を戸籍にそのまま載せてほしい、と主張しました。夫婦が長男に名づけたのは、旧字の「慧」であって、新字の「慧」ではなかったからです。夫婦は、旧字の「羽」に関する法務省民事局回答(昭和57年10月8日)を探し当て(『民事月報』昭和57年12月号154~155頁)、それをもとに大和高田市長に宛てて上申書を書きました。子供の名づけに使えない漢字であっても、すでに出生届は受理されていて、大和高田市の住民票も旧字の「慧」で書かれているのだから、旧字の「慧」を新字の「慧」に変更する心算はない、と上申したのです。
平成27年5月25日、奈良地方法務局葛城支局は、旧字の「慧」をそのまま戸籍に載せるよう、回答しました。ただし、旧字の「慧」を子供の名づけに許したわけではなく、誤って出生届を受理してしまった以上、そのまま処理すべきである、という結論でした。つまり、新字の「慧」は子供の名づけに使えるが、旧字の「慧」は子供の名づけに使えない、という原則は従来どおりなのです。