新字の「仏」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「佛」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。つまり、「仏」も「佛」も出生届に書いてOKなのですが、その背後には、当用漢字表制定時のゴタゴタがあったりするのです。
漢字制限に関する審議をおこなっていた国語審議会は、昭和17年6月17日、文部大臣に標準漢字表を答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、2528字が収録されており、その中に旧字の「佛」が含まれていました。「佛」の直後には、カッコ書きで新字の「仏」が添えられていて、「佛(仏)」となっていました。標準漢字表では、新字の「仏」はカッコ書きになっているものの、一般に使用して差し支えないということでした。
昭和21年4月27日、国語審議会に提出された常用漢字表1295字には、旧字の「佛」が収録されていました。これに対し、文部省教科書局国語課は8月2日、常用漢字に関する主査委員会において、簡易字体の「仏」を収録するよう提案しました。しかし、主査委員会は8月27日の会議でこれを否決し、旧字の「佛」のままでいくことを決定しました。また、10月1日に主査委員会は、表の名称を、常用漢字表から当用漢字表へと変更しました。この結果、昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表1850字には、旧字の「佛」が収録されていて、新字の「仏」はどこにもありませんでした。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。
昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「佛」が収録されていたので、「佛」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。一方、国語審議会は、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する委員会を組織し、「佛」を「仏」へと字体整理することを決議します。一旦、否決したはずの「仏」が、字体整理で復活したのです。この結果、昭和23年6月1日に国語審議会が答申した当用漢字字体表では、旧字の「佛」の代わりに新字の「仏」が収録されていました。昭和24年4月28日に当用漢字字体表が内閣告示された結果、新字の「仏」が当用漢字となり、旧字の「佛」は当用漢字ではなくなってしまいました。
当用漢字表にある旧字の「佛」と、当用漢字字体表にある新字の「仏」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、「佛」も「仏」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。その後、常用漢字表の時代になって、新字の「仏」は常用漢字になりましたが、一方、旧字の「佛」はそれまで子の名に使えてきた経緯を踏まえて、人名用漢字となりました。この結果、現在に至っても、新字の「仏」と旧字の「佛」の両方が、子供の名づけに使えるのです。