人名用漢字の新字旧字

第74回 「来」と「來」と「徕」と「徠」

筆者:
2010年10月21日

新字の「来」は、常用漢字なので子供の名づけに使えます。旧字の「來」は、人名用漢字なので子供の名づけに使えます。では、「」と「徠」はどうなのでしょう。実は、「」も「徠」も、「來」の異体字なのですが、「徠」の方だけが子供の名づけに使えて、「」はダメなのです。

昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、旧字の「來」が収録されていました。昭和23年1月1日に施行された戸籍法施行規則は、子供の名づけに使える漢字を当用漢字表1850字に制限しました。したがってこの時点では、旧字の「來」は出生届に書いてOKだったのですが、新字の「来」はダメだったのです。昭和24年4月28日、当用漢字字体表が内閣告示され、新字の「来」が当用漢字になりました。これを受けて法務府民事局は、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。この結果、「來」も「来」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。 その後、常用漢字表の時代になって、「来」は常用漢字になり、「來」は人名用漢字になりました。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50~199回 1~49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8~10 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6~7 JIS第1~3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0~5 JIS第1・3水準 - -

「徠」は、JIS X 0213の第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が201回で、全国50法務局のうち5つの管区で出生届を拒否されたことがありました。したがって、同じ第2水準漢字で不受理の法務局数が5の「澤」(出現頻度1221回)と同様、人名用漢字の追加候補に選ばれないはずでした。ところが、平成16年6月11日に発表された578字の追加案には、どういうわけか「徠」が含まれていました。一方、「」は、JIS X 0213に収録されていなかったため、審議の対象になりませんでした。

平成16年9月8日、法制審議会は、「徠」を含む488字を、人名用漢字追加候補として法務大臣に答申しました。そして平成16年9月27日、戸籍法施行規則が改正され、「來」に加えて「徠」が人名用漢字になりました。この結果、現在では、「来」「來」「徠」は出生届に書いてOKですが、「」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

//srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。