人名用漢字の新字旧字

第83回 「摂」と「攝」

筆者:
2011年4月7日

新字の「摂」は、常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「攝」は、人名用漢字なので、やはり子供の名づけに使えます。つまり、新字の「摂」も旧字の「攝」も、出生届に書いてOK。でも、「摂」と「攝」の中にある「耳」の字体は、時代によってどんどん変わっていったのです。

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昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表は、手書きのガリ版刷りでしたが、旧字の「攝」が収録されていました。翌週11月16日に内閣告示された当用漢字表も、旧字の「攝」でした。昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限され、旧字の「攝」が子供の名づけに使ってよい漢字になりました。

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昭和23年6月1日、国語審議会は当用漢字字体表を答申しました。当用漢字字体表では、旧字の「攝」に代えて、新字の「摂」が収録されていました。昭和24年4月28日に、この当用漢字字体表が内閣告示された結果、新字の「摂」が当用漢字となり、旧字の「攝」は当用漢字ではなくなってしまいました。当用漢字表にある旧字の「攝」と、当用漢字字体表にある新字の「摂」と、どちらが子供の名づけに使えるのかが問題になりましたが、この問題に対し法務府民事局は、旧字の「攝」も新字の「摂」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。

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昭和56年3月23日、国語審議会は常用漢字表を答申しました。常用漢字表の「摂」には、カッコ書きで「攝」が添えられていました。つまり、「摂(攝)」となっていたのです。新字の「摂」の「耳」は突き抜けていたのですが、ところがカッコ書きの「攝」の「耳」は全て、突き抜けない字体となっていました。その意味では、旧字の「攝」の字体は、当用漢字表と常用漢字表とで変更されていたのです。

これを受けて民事行政審議会は、昭和56年5月14日、常用漢字表の「摂」と「攝」の両方を子供の名づけに認める、という答申をおこないました。すなわち、「耳」が突き出る「摂」と、「耳」が突き出ない「攝」が、子供の名づけに認められたのです。昭和56年10月1日、常用漢字表が内閣告示されると同時に、戸籍法施行規則も改正され、当用漢字表の「攝」(「耳」が突き抜ける)は、常用漢字表のカッコ書きの「攝」(「耳」が突き抜けない)に変更されました。ただし、新字の「摂」は、「耳」が突き抜ける字体のままでした。

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ところが、平成22年6月7日に文化審議会が答申した改定常用漢字表では、やはり「摂(攝)」となっていたものの、新字の「摂」の字体が変更されていました。「摂」も「攝」も、どちらも「耳」が突き抜けない字体になっていたのです。平成22年11月30日、新しい常用漢字表が内閣告示されると同時に、戸籍法施行規則も改正され、子供の名づけに使える新字の「摂」は、「耳」が突き抜ける字体から「耳」が突き出ない字体へと変更されました。それが現在も続いていて、新字の「摂」も旧字の「攝」も出生届に書いてOKなのですが、どちらも中の「耳」が突き出ない字体なのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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