人名用漢字の新字旧字

第96回 「猫」と「貓」

筆者:
2015年10月1日

新字の「猫」は常用漢字なので子供の名づけに使えるのですが、旧字の「貓」は子供の名づけに使えません。「猫」は出生届に書いてOKだけど、「貓」はダメ。どうしてこんなことになっているのでしょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されており、新字の「猫」が犬部に含まれていました。しかし、旧字の「貓」はカッコ書きにすらなっておらず、標準漢字表のどこにも収録されていなかったのです。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでも新字の「猫」だけが収録されていて、旧字の「貓」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表で、国語審議会は、新字の「猫」を削除してしまいました。当用漢字表は「使用上の注意事項」で「動植物の名称は、かな書きにする」としており、このルールに従えば、新字の「猫」も旧字の「貓」も、当用漢字表には不要だと判断されたのです。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「猫」も「貓」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「猫」も「貓」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

昭和52年1月21日、国語審議会は新漢字表試案を、文部大臣に報告しました。新漢字表試案は、当用漢字に83字を追加し33字を削除する案で、1900字を収録していました。この追加案83字の中に、新字の「猫」が含まれていたのです。ただし、旧字の「貓」はカッコ書きにすらなっておらず、新字の「猫」が単独で追加される形になっていました。国語審議会は、新字の「猫」を追加するにあたって、標準漢字表でのやり方を踏襲し、旧字の「貓」をカッコ書きに入れないことにしたのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が文部大臣に答申した常用漢字表でも、新字の「猫」だけが単独で追加されており、旧字の「貓」は含まれていませんでした。これに対し、民事行政審議会は、昭和56年4月22日の総会で、常用漢字表1945字を子供の名づけに認めると同時に、常用漢字表のカッコ書きの旧字355字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字195字だけを、子供の名づけに認めることにしました。

昭和56年10月1日、常用漢字表は内閣告示され、新字の「猫」が子供の名づけに使えるようになりました。しかし、旧字の「貓」は人名用漢字になれませんでした。それが現在も続いていて、新字の「猫」は出生届に書いてOKですが、旧字の「貓」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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