文学の話を終えて、学術に用いられる道具や装置に話が移ってきたところでした。続きを読んでみましょう。
器用に二ツの區別あり。direct, indirect. 上の一ツは直チに用立ツものなり。又下の一ツは漸々廻り──て助けとなるを云ふなり。又其上に institution なるあり。その設けとは school, university, 或は academy, college, gymnasium. 皆學校の名にして、即ちインスチチュションなるものなり。唯タ教に依て名の區別あり。
(「百學連環」第32段落第10文~第16文)
上記の英語の言葉のうち、次の二つについては左側に漢語が添えられています。
institution 設建物
university 大學校
訳してみます。
器械の用い方には、直接と間接の二つの区別がある。直接とは、直ちに役立つものだ。間接とはめぐりめぐって助けとなるもののことである。また、その上に「施設(institution)」がある。具体的には、学校、〔総合〕大学、学士院、単科大学、ギムナジウムなどがある。これらはいずれも学校の名称であり、施設である。教えることに応じて名称も区別しているのである。
西先生は、ここで器械の直接・間接の使い方について具体例を出していないため、具体的になにを念頭に置いているのかは不明です。
institutionを西先生は「設建物」としていますね。設け建てられた物ということでしょうか。現代語訳のほうでは「施設」としてみました。「機構」や「制度」という意味合いも重なる話ですね。
また、各種学校についても、仮にこのように訳してみましたが、ギムナジウムが体育館のことなのか、ドイツ式の高等学校を指すのかは決めかねるところであります。
ただ、この箇所は、学術に関連する道具や機械の延長上で、さらに大きな施設・制度である各種の学校に言及していることは明らかです。ここは、このくらいで満足することにして、先に進みましょう。
上の説明の後、改行せずに次のように続きます。
其他 museum, museum of antiquity. 上なるものは凡そ世界中ありとあらゆる物を集めて、以て四方に通するの便りにし、下なるものは太古の萬物を集めて、以て溫古の便に供す。
(「百學連環」第32段落第17文~第18文)
例によって英単語の左側に漢語が見えます。
museum 博物館
museum of antiquity 博古館
「博古館」とは、いまではあまりお目にかからないかもしれない言葉です。古い時代のものを博く集めた館ということになりましょうか。とはいえ、現在でも例えば、住友家のコレクションを収蔵する「泉屋博古館」(昭和35年設立)という施設があります。
また、これは『日本国語大辞典』の「博古館」の項目で教えていただいたのですが、『米欧回覧実記』にこんな用例があります。
南亜米利加ノ智利ハ、銅ノ名所ニテ、此国ノ土人、古昔ノ銅器トテ、各国ノ博古館ニ陳ネルヲミル
(久米邦武編『特命全権大使 米欧回覧実記』第二編英吉利国ノ部 第三十四巻 新城府ノ記下、田中彰校注、岩波文庫、第2分冊、p.270)
これは、岩倉使節団が明治4年(1871年)から明治6年(1873年)にかけて行った海外視察の記録『米欧回覧実記』の一部です。ニューキャッスルで銅の精錬場を見学するくだりで、上のような話が出たのでした。「智利」は「チリー」とルビが振られています。チリは銅の名産地で、原住民が使っていた古い銅器が、各国の博古館に並んでいるというわけです。
さて、少し寄り道しましたが、先の文章を訳してみます。
その他に博物館や博古館がある。博物館とは、およそ世界中のあらゆるものを集めて、世界を知るための便宜とするものである。博古館は、太古の万物を集めて、古きを知るための便宜を提供するものだ。
museumという言葉をどう翻訳するかということは、それ自体問題を含んでいます。日本語では主に「博物館」と「美術館」という言葉を使いますが、その基にある英語はいずれも museum でした。区別する場合、Art museumと記す場合もありますが、例えば、「グッゲンハイム美術館」と訳される施設は、Guggenheim Museum だったりもします。
それはさておき、西先生の見立てでは、ここで触れられている二つの施設では、どうやら空間と時間の区別がなされているようです。つまり、
博物館 世界中
博古館 太古
という具合に、アクセントの置かれ方が違います。「博物館」ではどちらかというと過去とは言わずに「世界中」といい、「博古館」ではどちらかというと世界中とは言わずに「太古」といっていますね。
博物館については、次回に続きます。
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──=くの字点上〳(U+3033)+くの字点下〵(U+3035)
※縦書きで〱となり、「廻り廻りて」となります。