日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第26回 口のとがらせ方について

筆者:
2013年1月20日

表現キャラクタと発話キャラクタが違うといえば,MRIの話をしないわけにはいかない。

MRIというのは「核磁気共鳴法」 (Magnetic Resonance Imaging) といって,早い話が体の断層写真を撮る技術のことである。親が脳内出血で倒れたから自分も念のためにと,人間ドックのオプションで脳ドックを頼むと,頭の断層写真を撮ってくれて「脳血管に異常はありません」などと診断してくれる,あれである。

実は私は,もう十年になるが,MRIを使って口の中を撮る研究に関わっている。たとえば英語を発音する際に舌をどう動かせばいいのか,もっともらしい説明はあるけれども,本当のところどうなっているのかは,実際に口の中を撮ってみないとわからない。そんなもの撮れるものか,というのがMRIのおかげで撮れるようになったので,撮っているのである。英語だけでなく,日本語や中国語についても発音の様子を撮っている。朱春躍先生や林良子先生,そして故・杉藤美代子先生といった共同研究者のおかげで,さまざまなことがわかってきた。ここで紹介するのは,そういう調査の一環として撮った「口をとがらせた発音」である。

とにかく,「口をとがらせた発音」を視聴してみよう。ここに挙げた,口の断層写真をクリックしてもらいたい。

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ハイ,ようこそ。ここは「口をとがらせた発音」のページです。このページには口の断層写真が左右に2枚並んでいますね。右の写真をクリックすると,その口がとがりながら「いやーちょっとそれはーむずかしいすねー」としゃべります。左の写真は対比のために準備した普通の発音で,クリックすると口はとがらず,「いやーちょっとそれはーむずかしいすねー」と,普通にしゃべります。

こうして比べてみると,左の口と違って右の口は,ただちょっとむずかしいと言っているのではなくて,『年輩男性』が目上の相手に向かって恐縮しながらしゃべっているように聞こえますよね。

いや実際,こういうしゃべり方が日常の会話の中に現れるということも,そう珍しいことではない。例を挙げてみよう。こちらはまだ3年にしかならないが,私は「民間話芸の調査」というもっともらしい名目で,いろいろな人たちの数分程度の「ちょっと面白い話」を収録しては,字幕を付けてインターネットに載せている。「ちょっと面白い話」なのでそんなに面白いものを期待されても困るが,時にはかなり面白い話が出てくることもある。これまでに100話ぐらいネットに載せたが,その中の一つに「くまこ」(仮名)という人の「社長の靴下」という話がある。まあとにかく,次のURLをクリックしてもらいたい
//www.speech-data.jp/chotto/2011/

ハイ,ようこそ。ここは「わたしのちょっと面白い話コンテスト」第2回(2011年度)のページです。このページには「ちょっと面白い話」が70個ぐらいズラリと載っていますネ。では「2011047」番の「社長の靴下」のところをクリックしてみましょう。ハイ,「くまこ」さんのおしゃべりが始まります。

このおしゃべりの2分43秒~3分30秒あたりで「くまこ」さんが演じているのは,大きな会社の部長さん(目上)と,その会社を訪ねてきた小さな会社の社長さん(目下)との対話です。

ネタバレを承知で書いてしまえば,この対話の焦点は,この社長さんがズボンの片方を靴下の中に入れたままこの会社にやってきたという珍事です。(「くまこ」さんはこれを「ズボンの中に靴下を入れている」と繰り返し言い間違えていますが,この言い間違えはいま関係ありません。)

「社長,最近流行のファッションとかあるのか?」というあたりからやんわり問いただして,「あんたはズボンを靴下の中に入れているぞ」という核心の指摘に至る部長さんの発音は,取り立ててどうということもない,ふつうの発音です。その一方で,部長の問いに対して「いや私はファッションにはうといもので……」などと答える社長さんの発音は,口をとがらせた発音になっています。『年輩男性』が目上の相手に向かって恐縮しながら口をとがらせてしゃべる,というのは,たとえばこういうことです。

という具合に,MRIデータやら自然会話データやらを観察して,私は「口をとがらせる」という発音法をすっかり理解した気になっていた。口のとがらせ方が他にもあると気づいたのは,つい最近のことである。では,それはどのようなとがらせ方か? (つづく)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。