日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第25回 ショーアップ語について(続)

筆者:
2013年1月6日

脱力してガクッとズッコケる際に発せられるショーアップ語「ガクッ」を挙げたところで前回は紙数が尽きた。「ガクッ」ほど一般的ではないが,脱力系のショーアップ語には,ズルッとすべり倒れる際に発する「ズルッ」もある。

脱力系だけではない。いまのことば,カチーンと来た,聞き捨てならないという意味で「カチーン」と言う人がいる。また,いまのことばが胸にグサッと刺さって私は傷ついたぞ,という意味で「グサッ」と言う人がいる。「グサッ」とは言っても「グッサリ」とは言いにくいように,ショーアップ語にもそれなりの語形が決まっている。ショーアップ語は一般に「~ッ」「~ン」の形をとりやすく,「~リ」の形はとりにくい。

ああそうですか,そういう風に出るんですか,それならこちらにも考えがあります,戦闘モードに切り替えます,武装オン,はい,ヤリやカタナが,シャキーンと出てきましたよといった意味で「シャキーン」と言う人がいる。これもショーアップ語である。駅のホームで列車を待っていると,暇を持てあました男子中学生どうしがふざけてスローモーションの格闘技ごっこをやっている。一人が相手の頬に自分のゲンコツをゆっくり近づけ押し当てて,スローモーションで相手をブァキィィーッと殴るまねをしながら「ブァキィィーッ」のようなことを自分で言う。これもショーアップ語である。

ここ十回あまり述べてきたのは,ことば(役割語)を発する話し手のキャラクタ,つまり発話キャラクタである。だが,ことばとキャラクタとの結びつき方は他にもある。たとえば「ほとりにたたずむ」と言えば立っているのはタラちゃんではなく,それなりの雰囲気を備えた『大人』である,「ニタリとほくそ笑む」と言えば笑い手は正義の味方ではなく『悪者』の方であるという具合に,ことばとキャラクタは「ことばが特定のキャラクタの動作を描く」という形で結びつくこともある。そのキャラクタを私は表現キャラクタと呼んで,発話キャラクタと区別した。表現キャラクタとはことばで表現されるキャラクタのことであるから本当は「被表現キャラクタ」とでも呼びたいところだが,それでは日本語としておかしいし,踏まれたり蹴られたりすることを「踏んだり蹴ったり」と言うぐらいだから,ま,いいのである。

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それで,そろそろ発話キャラクタだけでなく,表現キャラクタについても述べたいと思っているのである。「地の文」という,やはり役割語としての性質は打ち消せないものの,話し手のキャラクタよりは被写体のキャラクタを描くことに圧倒的に長けていることばを取り上げたり(補遺第21回補遺第22回),解釈者の問題に寄り道しつつ(補遺第23回),いま「ショーアップ語」を取り上げたりしているのは,そのためである。発話キャラクタと表現キャラクタが別物であることを示す上で,特にカワイイ系のショーアップ語は格好の題材と言える。

何かを心待ちにして「ワクワクしている」人物や,料理にかじりついて無心に「はむはむと食べている」人物は『かわいい人』だというのは,表現キャラクタの話である。では,「明日は京都にドライブ,うれしいな。ワクワク」「これ,おいしいな。はむはむ」のように自分で「ワクワク」「はむはむ」と言うのは『かわいい人』だろうか?

うーんとうなってしまう場合も結構多いということは皆さんご存じのとおりである。これは発話キャラクタの話である。表現キャラクタと発話キャラクタは,違うのである。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。