この人からすれば自分は「目下」だが,あいつにとっては自分は「目上」というように,「目上」「目下」とは,地位の相対的な上下を表す概念である。それまではその場の誰に対しても「目上」として振る舞っていた人が,もっとエライ人がその場に加わると,そのエライ人に対しては「目下」として振る舞う,といったことは珍しくない。また,そういう変化は単なるスタイルの変化であって,別におかしなことではない。
だが,前回も述べたように,『格上』や『格下』は「目上」「目下」と違ってキャラクタであるから,状況が変わってそこにどんなにエライ人が現れても,おおっぴらに変えてはいけない。たとえばトルコ葉のシガリロをくゆらしながら,「話を聞こう」と低く落ち着いた声で部下に状況報告を促していた人物は,上司の登場で「絶景でげす。まったくターナーそっくり」なんて一変してしまってはいけないのである。
こういうことは,前回にかぎらず,本編でもくどいほど述べていたのだが,実は発話キャラクタの「格」を紹介する過程で,私自身がつい筆をすべらせ,『格上』『格下』を「目上」「目下」のように書いてしまったところがある(本編第62回)。
後で気づいて,本として出版する際にはまるごと削除した(同時に,連載の中で『目上』『目下』といい加減に呼んでいた「格」の値を,『格上』『格下』と呼び換えて,いわゆる「目上」「目下」とハッキリ区別した)が,この変更については補遺でもなかなか説明する機会がなかった。既に50回を過ぎてしまったが,ここで漸く,お詫びかたがた訂正させていただく。ぞんざいなスタイルの他に丁寧なスタイルをも持っており,たとえばイエスと答えるのにぞんざいな「ああ」「うん」「おう」で答えられるだけでなく,丁寧な「はい」「ええ」でも答えられるというのは『格上』キャラの話し手であるように書いてしまったが,正しくは「目上」の話し手である。また,「ええ」「はい」そして「はっ」などと丁寧なことばで答えるしかないのは,『格下』キャラではなく,「目下」の話し手である。
ついでにもう一つ謝って訂正しておきたいのは「品」の箇所である。
「品」とは何か? 『神』は下品でもないし,かといって上品でもない,このように「品」とは何よりも巷の人間に想定される概念だということは既に述べた(本編第60回)。だが実を言えば,これまで,「品」についてこれ以上のことは,本の中でもほとんど述べていない。これまで述べてきたのはほとんどが『上品』『下品』という,「品」の2つの値についてである。
『上品』とは何か? 当該社会が課す文化的制約から逸脱せず,その中におとなしく,慎み深く,控えめにおさまるが,その行動はあくまで自由で美しく見え,制約を感じさせないのが『上品』だ,というのが私の答である(本編第60回)。この答を改めなければならない必要性を私はいまだ見出してはいない。だが,「そうでない(つまり『上品』でない)のが『下品』」としたのは,『下品』の範囲が広くなりすぎてしまい,まずかったと思っている。
『下品』の定義をより明確にするには,『下品』がどういう軸において『上品』と対極をなすのか,ということを明らかにする必要がある。これは結局のところ,「品」とは何かを明らかにするということである。では,「品」とは何か?
この問題に答える上で,「上品」の定義の中に見られる「当該社会が課す文化的制約」というものを,ここで3つに分けてみたい。