日本語社会 のぞきキャラくり

第46回 発話キャラクタ(後)

筆者:
2009年7月5日

 ある特定の言葉づかい(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物像が使用しそうな言葉づかいを思い浮かべることができるとき、その言葉づかいを「役割語」と呼ぶ。

[金水敏『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(2003、岩波書店)]

これは以前にも取り上げた(第28回)、金水先生による「役割語」の定義である。ここでは「役割語」が、「役割」という名こそ付いているものの、目的論から切り離された形で定義されている。とかく目的論には警戒心を抱きがちな私も(第35回第36回第37回参照)、この定義はすんなりと受け入れることができる。金水先生にならって「わし」のようなことばを「役割語」と呼んでいるのは、そういうわけである。

「役割語」という用語をそのまま踏襲する一方で、金水先生が「人物像」と仰るものについては、私は「人物像」とはあまり呼ばず、しばしば「キャラクタ」と呼び変えている。これは一つには、次のマンガ学習参考書の例のように、

  ネコ:バラバラにすれば部首が見つかるニャン
  イヌ:バラバラにしてどうするワン

[まんが塾太郎(著)・小田悦望(画)『マンガだけど本格派 漢字のおぼえ方 漢和字典[部首]攻略法』(1997、太陽出版) p. 15.]

ネコが「見つかるニャン」、イヌが「どうするワン」、さらには『おそ松くん』に登場する毛虫のケムンパスが「ケムンパスでやんす」というような、マンガ世界内とはいえ「人物」とは必ずしも呼びやすくない存在の発話を気にしたせいでもある。

だが、もっと大きな動機は、いま示しつつあるように、ことばと人物像の結びつき方が第3の結びつき方(金水先生の定義に現れているのはこれである)には限られず、さまざまな結びつき方がある、ということに関係している。「キャラクタ」という用語を導入するのは、それらの結びつき方の全体をとらえ、なおかつ個々を区別するためである。

役割語によって暗に示される『老人』のような、発話動作の行い手としてのラベルづけられたキャラクタを、適宜「発話キャラクタ」と呼び、単なる「ラベルづけられたキャラクタ」や、次回とりあげる第2の結びつき方のキャラクタ(「表現キャラクタ」)と区別することにしよう。金水先生は、ことばとキャラクタの結びつき方のうち、特に[発話動作-発話動作の行い手]という結びつき方(第3の結びつき方)に着目され、「役割語」と「発話キャラクタ」をセットで定義された、ということになる。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。