今回は、「もてなしの方言(北陸・近畿地方)」をご紹介します。富山県立山の「来られ」(こられ【写真1】)は、第42回(高岡市)でも紹介されています。
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日本海側を南にくだった石川県には、「ゆっくりしていきねーね」【写真2】、「いらっし みまっし」【写真3】という表現があります。「ゆっくりしていきねーね」は長年、加賀市山中温泉のキャッチコピーとして親しまれているもので、「いきねーね」の「ねー」は南の福井県に連続する、相手にやさしく「~なさい」と勧める文末助詞「ねー」(「ない」の変化形)が動詞のマス形に接続した形です。
「まっし」は丁寧な命令形とされ、「いらっしゃい みてごらんなさい」と相手に勧める表現です。
店頭に「寄りまっし」(寄っていらっしゃい)と書かれているのを見かけます。五段動詞は、もともと「寄るまっし」でした。一段動詞がマス形に接続していることと、東京語の「お寄りなさい」が「寄る」のマス形に接続する影響を受けて、「寄りまっし」に変化したとされています。外出する身内に対して「いってらっし」(いってらっしゃい)と言います。
「のらんけバス」(石川県輪島市【写真4】)は、「のりませんか、バスに」という意味です。「ケ」はぞんざいに聞こえますが、石川県の方言では親しみをこめた誘いの表現です。疑問の文末助詞「か」にあたる「ケ」です。
福井県嶺北地方では、「きねの」【写真5】は、「またきねの」(またいらっしゃい)、「寄ってきねの」(寄っていらっしゃい)のように勧める場合に使われます。「~ねの」の「ね」は加賀市の「いきねーね」の「ねー」と同じです。
「おいでやす」【写真6】は、滋賀県湖北地方の木之本の例です。大きなかぶら大根に墨で書いてあります。滋賀県で用いられる「きーな」「きてな」「きゃんせ」(第34回参照)、「きてや」などより少し丁寧な表現で、「いらっしゃい」の意味です。「よーおいでやす」「よーおこしやす」など滋賀県全域で用いられ、この表現は京都府に及びます。京都府から大阪府に入ると「はよ、きてや」が「はよ、きてんか」となります。京都ことばについては、第24回を参照してください。
「やぶちゃつれもっていこら!」【写真7】は、発音してみると、奈良の大仏もひっくり返るほどの迫力のある表現に聞こえます。いにしえの都のイメージから遠い感じがします。「やうち」(三重)、「やぶち」(長野)、「やぶちゃ」(三重)は、「やぶちゃ出かけてる」(みんな出かけている)のように「みんな」という意味です。「いこら!」は「行こう!」という意味です。「ら」は勧誘、意志形を受けて「~しとこらの」(~しておきましょうよね)のように、複合の形で用いられることもあります。
「和歌山の温泉に浸かりに来てけ~よ~!」【写真8】の「け~よ~」は、「来てね」の意味です。
方言グッズが見つからないことでは、奈良県は、滋賀県と並んで有名です。こんなによい表現があるのですから、ぜひ、奈良みやげに使っていただきたいものです。
本稿の石川県・福井県の方言について金沢大学教授、加藤和夫先生にご助言をいただきました。紙面を借りてお礼申し上げます。
もてなしの方言(北陸・近畿地方) | |||
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写真1 | 立山に来られ | 立山 | 富山県 |
写真2 | ゆっくりしていきね~ね | 加賀市 | 石川県 |
写真3 | いらっし みまっし | 白山市 | |
写真4 | のらんけバス | 輪島市 | |
写真5 | きねの(いらっしゃい) | (嶺北地方) | 福井県 |
写真6 | おいでやす | 木之本 | 滋賀県 |
写真7 | やぶちゃつれもっていこら! (みんな、一緒に行こう!) |
川上 | 奈良県 |
写真8 | 和歌山の温泉に浸かりに来てけ~よ~! (和歌山の温泉に浸かりに来てね!) |
和歌山県 |
(※写真5は手拭い番付による「きねの(西方前頭)」)
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。