地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第89回 山下暁美さん:海外の方言事情(台湾語の看板)

筆者:
2010年3月6日

台湾では、1980年頃から原住民の間でもともとの文化を絶やしてはならないという機運が高まりました。それと時を同じくして台湾人も台湾語(閩南語・みんなんご)を復活させようという活動が展開されました。台湾の教育には、北京語が国語として使用されています。北京語が国語だとすると、台湾語は、方言の一種と考えることができます。

楊盈璋(ヤン・インザン)さん(明海大学博士後期課程1年在学)は、台湾の南にある屏東(ピンドン)市出身ですが、北京語の普及政策のため小学生の頃(1972年頃)は、台湾語で話すと罰金箱に1元入れるという制度があったそうです。その罰金で学級の備品をいろいろ購入したそうです。方言札はなかったそうです。楊さん(楊家19代目・先祖は清の時代に中国大陸の福建省から移住したそうです)は、客家(ハッカ)族ですので、家では客家語、近隣の人たちとは台湾語(閩南語)、学校では、北京語(国語)という生活を送りました。客家語も台湾語も文字を持ちません。台湾語には、北京語の漢字を当てました。現在、街角で見受ける看板は、ほとんどが北京語ですが、いくつか台湾語の例を見つけたので紹介します。取材をしたのは、台北から列車で約2時間南へ下った苗栗市(ミャオリー市)です。

(画像はクリックで拡大します)

【写真1】
【写真1】

最初にとりあげるのは、「旺伯」「古早味」【写真1】です。「(親しみをこめて呼ぶときの)旺おじさん」の店、「昔の味」という意味です。「旺伯」は、北京語では「ワン・ポォ」ですが、台湾語では「オン・ペア」と発音します。「旺」には、「縁起が良い、繁栄」の意味がありますが、年配の男性の名前です。「古早味」は、台湾語で「グー・ザォ・ウェ」ですが、北京語にはこの表現がありません。このお店では、冷たい緑茶や紅茶を売っていて、20元(約60円)で300mlくらいの大きな容器に入ったお茶がテイクアウトで飲めます。

【写真2】
【写真2】

「日昇百貨行」【写真2】の「百貨」は、北京語では、「バイ・ホー」と発音しますが、台湾語では、「パー・フォエ」と言います。台湾に残存する日本語とも考えられます。いろいろな品物を扱う店という意味です。「行」(ハン)は、日本語で「果物屋」などに使う「~屋」を意味します。北京語では、「行號」です。

(左)【写真3】 (右)【写真4】

次の「培元文具行」【写真3】の「行」も「日昇百貨行」の「行」と同じ意味です。文房具店の看板ですが「文具」は、北京語では「ウォン・チュ」、台湾語では「ブング」です。台湾語は、基本的に呉音に由来するので、日本語の発音にたいへん近いのですが、台中、台南に住む方の話では、日本語から取り入れた可能性もあるとのことです。

写真4の看板の最初の漢字は、「しょうが」(生姜)という意味の古い漢字です。台湾語で「キュン・ボア」と言いますが、生姜で煮た鴨の料理です。冬食べると体が温まる台湾独特の冬の料理です。このように台湾語を北京語に当てはめて表記する看板の多くは、台湾ならではの産物であることを強調する効果をねらっています。

今回は、臨時号として海外の方言事情、台湾語を取り上げました。真理大學助理教授の郭碧蘭さんにもご意見をいただきました。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。