地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第266回 田中宣廣さん: こびる

筆者:
2013年8月10日

今回は,「こびる」を使った方言の拡張活用例の紹介です。

まず,「こびる」の意味ですが,間食,おやつのことです。この連載の第80回には変異形の「おこびれ」から[「おこびれ」とは、おやつのことで、「こびり」とも言い、長野県内の他地域では、「こびる(小昼)」(木曽・伊那)「こびれ」(更埴・小県)と言ったりもします。漢字で、「小昼」と書くことができるように、語源のハッキリした語です。]と説明されています。『大辞林 第三版』では「こひる」の項で[びる」とも〕①(略) ②朝食と昼食,または昼食と夕食との間に食べる軽い食事。③おやつ。間食。]との説明です。

【写真1】雫石あねっこのこびるコーナー
【写真1】雫石あねっこのこびるコーナー
【写真2】盛岡のこびる食堂
【写真2】盛岡のこびる食堂
【写真3】遠野風の丘のこびる屋風っこ
【写真3】遠野風の丘のこびる屋風っこ
【写真4】八戸のこびりっこ
【写真4】津軽方言ハンカチ
【写真4】八戸のこびりっこ
【写真5】八戸のこびりっこ
【写真5】雫石のこびりっこ
【写真6】雫石のこびりっこ

「こびる」の方言の拡張活用例は,北東北にも多くあり,今回5例紹介します。まず岩手県です。一つめは,雫石町の道の駅「雫石あねっこ」内「こびるコーナー」です【写真1】――//www.anekko.co.jp/00annai.html――。二つめは,盛岡市「ちいさな野菜畑」内「こびる食堂」です――//www.chisana-yasaibatake.jp/kobiru.html――。三つめは,遠野市の道の駅「遠野風の丘」内「こびる屋風っこ」です【写真3】。青森県では,津軽方言ハンカチ【写真4】と八戸市の観光コースの一つ「こびりっこコース」【写真5】です。「こびりっこ」は雫石あねっこのメニューに以前ありました【写真6】。JR雫石駅の軽食コーナーも「こびりっ子」です。

意味の補足です。語構成は,第80回や『大辞林』のとおり「こ+ひる」です。「こ」は,軽い,または,準ずるの意です。「ひる」は時間帯でなく,昼食の意です。『大辞林』の「ひる」の項にも[③昼食。ひるめし。「-は簡単に済ませる」]とあります。岩手でも,昼食の時間を「ヒル時間」,昼食を摂るのを「ヒルにする」などと使います。「こびりっこ」は,愛称の「-ッコ」が付いたものです。

なお,「こびる」の時間帯は,地域により午前と午後の2種あります。『大辞林』の②に[朝食と昼食,または昼食と夕食との間]とあるのは,どちらなのかは地域の習慣で,これによりその地域の「こびる」の意味も決まります。内容ですが,『大辞林』の,②では軽食,③では主に菓子類を意味すると思われます。元は,農作業中の間食のことを意味していました。それが現代では,共通語の「おやつ」と同様の意味も持つようになりました。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。