地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第302回 井上史雄さん:手拭の新方言 “めっこい”―山形県庄内方言の変容―
New dialect “Mekkoi” on a towel — Change of Shonai dialect in Yamagata —

筆者:
2014年5月10日

このシリーズでは、地域語(方言)が文字に記された例がたくさん扱われています。今回は方言みやげの古典的な例、方言手ぬぐいをとりあげましょう。方言手ぬぐいに取り上げられることばは、大部分が古めかしいもので、若い人が耳にしたことのない単語が並んでいます。ところがそのなかに、方言の変化を示す新しい言い方も混じっているのです。

【写真1】山形県庄内地方の方言手ぬぐい
【写真1】山形県庄内地方の方言手ぬぐい
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【写真2】鶴岡市の子ども一時預かり施設
【写真2】鶴岡市の子ども一時預かり施設

1970年代の山形県鶴岡市の方言手ぬぐいでは、「めっこい」(可愛らしい)が使われています【写真1】。写真の上の段、真ん中あたりです。ところが山形県鶴岡市の子ども一時預かり施設は「めんごい」と名乗っています【写真2】。どうして2種類あるのでしょう。

「めんごい」の語源は、古語の「めぐし」(かわいい)です。江戸時代の東北地方の方言集には「めごい」という古語に近い発音のことばが載っています。方言調査の結果によると、山形県庄内地方では、その発音が少し変化した「めんごい」を使っていましたが、戦後「めっこい」という言い方が広がりました。つまり新古関係なのです。「新方言辞典稿・インターネット版」参照。//triaez.kaisei.org/~yari/Newdialect/nddic.txt

数年前に秋田県でも「我が家のMEKKOI写真展」という広告を見つけました。

東北地方で「かわいい」を「めんこい」ということは、戦前の童謡「めんこい仔馬」で知られるようになりました。先日東北道のサービスエリアで方言グッズを探していて、山形県と福島県で「麺恋手」(めんこいて)というコースター(または小さい鍋敷き)を見つけました。

山形県庄内地方で「めんごい」から「めっこい」に変わったのは、東北地方に広い「めんこい」の影響を受けたのかも知れません。今でも「新方言」が誕生して、方言グッズの中で生き生きと使われているのです。

また方言手ぬぐい【写真1】の下の段の真ん中あたり、「がんぽ」(耳が聞こえない)も方言の変化の例です。江戸時代の鶴岡の方言集に「きんか」と書いてあり、明治の方言集には「がんぽ」と書いてありますから、100年ほど前に入れ替わったのでしょう。

方言というと大昔から変わらないととらえられることが多いのですが、いつの時代にも少しずつ変化しているのです。今でも新方言を生みだしています。新方言の例は以下でも扱われています。

 

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。