地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第333回 日高貢一郎さん:フリーマガジン『大分出張』

2015年7月25日

大分には,出張で訪れる人たちのために,お勧めの場所や観光スポット,ホテル,店舗・飲食店,特産品・みやげものなどを紹介する情報誌=出張ビトのための大分満喫本『大分出張』(発行・編集 大分合同新聞社 季刊 32ページ)があります。空港や駅,観光案内所,大分市・別府市内のホテル,道の駅など,県内の主要なところに置いてあり,無料ですから,自由に持ち帰ることができます。毎回5万部が発行されているということです。

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【写真】『大分出張』vol.15の「大分方言特集」
【写真】『大分出張』vol.15の「大分方言特集」

vol.15(2015年春号)では,特集記事のひとつとして「大分方言」を取り上げ,カルタ形式にして何枚かにはイラストも付け,4ページにわたって単語や表現とその意味・用例を紹介しています。【写真】

この特集のねらいとして,「出張先のあるあるのひとつが方言が理解できないこと。取引先のお偉いさんの言葉がわからない。隣合わせた美人との会話が弾まない。地元の方言を使えば,ぐんと距離が近づくものです。個性あふれる大分の方言をカルタ形式でご紹介。これだけ覚えればあなたも大分県民に!?」とあります。

元は地元紙『大分合同新聞』に「教えて! ぶんぶん【大分方言】」として2010年2月1日から2013年3月31日まで長期連載され,のちに約200語を加筆して『大分方言語録』(2014年3月 大分合同新聞社刊 約1300語を収録)として単行本化された本の中から取られています。(この連載について詳しくは,第93回 『大分合同新聞』の「方言連載」を参照)

そのカルタの中からいくつかを紹介すると……「おうちゃきい」〔横着だ〕,「げさきい」〔下作な。下品な〕は共通語だと形容動詞で「~な」となるところですが,大分では形容詞形での言い方が一般的です。「あっちあられん」〔とうていあり得ない〕,「ぎゅうらしい」〔大げさな。仰々しい〕,「つるっとする」〔居眠りする。いつのまにか短い眠りに落ちる。まどろむ〕,「てれんぱれん」〔ちゃらんぽらん〕,「ぬれっと」〔隠れてずうずうしいことをするさま。しれっと〕,「ふうたらぬりい」〔①遅い,②生ぬるい〕などは,音の響きが独特で,いかにも方言らしい語感と印象を残すことばです。

「なば」は〔①きのこ,②活力がない様子。普通「なばになっちょる」と使う〕とあります。「なば」はきのこ一般,特に大分の代表的な特産品のシイタケのことを指しますが,それがちょっとナーバスで元気のない状態を指す意味でも使われるとは,面白い表現です。

「にごじゅう」も〔①(2×5=10のように)当たり前のこと ②無条件降伏すること〕という意味で年配の人の間では今も聞かれる表現ですが,よく語源・由来が話題になります。②無条件降伏すること,とはつまり〔お手上げ〕という意味ですが,両方の掌を顔の横で広げると5と5で10,それはまさに「お手上げ」のポーズですから,〔無条件降伏〕の意味あいになるのだと考えられます。これまた何とも面白い言い方です。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。