ドイツ語のウムラウトは、ある単語の語幹の母音[a, o, u]が変化語尾や接尾辞の中の母音iに引き寄せられて[ɛ/ɛ:, œ/ø:, Y/y:] になる現象である:rot [ro:t]「赤い」 > rötlich [rø:tlIç]「赤味をおびた」、 Macht [maxt]「力」> mächtig [mɛçtIç]「強力な」。また、名詞の複数語尾の-e, -erや形容詞の比較変化語尾の-er, -estのeもiが弱化したものである:Buch [bu:x]「本」> Bücher [by:çɐ]「複数の本」、Nacht [naxt]「夜」> Nächte [nɛçtə]「複数の夜」、kalt [kalt]「寒い」> kälter [kɛltɐ]「もっと寒い」, kältest [kɛltəst]「いちばん寒い」。さらに形容詞の比較変化語尾の-stや強変化動詞の人称変化語尾 -st, -tもiがeに弱化した後に脱落したものである:jung [jUŋ]「若い」> jüngst [jYŋst]「最も若い」、fahren [fa:rən]「乗り物で行く」> du fährst [fɛ:ɐst]「君は乗り物で行く」、er fährt [fɛ:ɐt]「彼は乗り物で行く」。
地名にあっても同じで、Eichstättの-stättはStadt「都市」と同語源の「場所」を意味するStätteから来ており、この語の語尾のeはiの弱化したものである。Kölnはラテン語のcolonia「(ローマの)植民地」から、Münchenは古代・中世ドイツ語のmunich「僧侶」に由来するが、いずれにも母音iがあるのが確認できる。
ちなみにこのウムラウトという現象はドイツ語だけに起こるものではなく、語の語幹の母音a, o, u の後の方に母音iが来るという音声的環境があればどの言語にでも見られる普遍的なものである。日本語でも、うまい>うめー、知らない>知らねー、おもしろい>おもしれー、などの例を挙げることができよう。
ノルトライン=ヴェストファーレン州のルール地方にDuisburg [dy:sbUrk] デュースブルクという工業都市がある。この都市の名前のuiは本来は2重母音であり、ウムラウト音ではなかったと考えられる。それがuiのuが後のiに引き寄せられて [y:] となった。しかし、綴りの方はもとのままというわけである。
i がつねにウムラウトを引き起こすかというと必ずしもそうではない。ボンの近郊にTroisdorfという地名があるが、これは [tro:sdɔrf] トゥロースドルフと発音する。つまり、i はウムラウト記号ではなく、長音記号なのである。他には中部ドイツのチューリンゲン州の北部にVoigtstedt という町があるが、ここも [fo:ktʃtɛt]フォークトシュテットと発音する。