クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

43 たかがソーセージ、されどソーセージ

筆者:
2009年3月16日

ドイツ語でハムはSchinken、ソーセージはWurstあるいはWürstchen(-chenは縮小語尾)という。ハムが豚のモモ肉から作られる本来贅沢な食材であるのに対して、ソーセージは雑多な肉を腸詰にしたまさに大衆食である。ドイツの街角や駅構内には必ずといってよいほど焼きソーセージ(Bratwurst)のスタンドが見られ、それらは日本での立ち食いそば屋のような役割を演じている。

ドイツ人のソーセージに対する愛着は言語面にも現れており、Wurstを含む表現には特に口語で好んで用いられるものが少なくない。『クラ独』の記述を手がかりに、その一部を見てみよう。まず、最もポピュラーな言い回しはj3 Wurst sein「人3にとってどうでもよい」であろう。直訳すれば「人3にとってソーセージである」ということで、ここではありふれた安価なソーセージがイメージされている。これと一見矛盾する表現にJetzt geht es um die Wurst!「さあさあ、正念場だぞ、頑張れ」(文字通りには「今ソーセージがかかっている」)があるが、この言い回しは縁日などに催された競技の景品にしばしばソーセージが出たことに由来するという。同じことばが相矛盾する比喩に用いられるのは、ことわざや慣用句の常で、別に不思議はない。もう1つソーセージがらみの表現としてExtrawurstの項にあるj3 eine Extrawurst braten「人3を特別待遇(えこひいき)する」(直訳:「人3に特製ソーセージを焼く」)も外せないであろう。また、残念なことに『クラ独』では3版以来削除されてしまったが、mit der Wurst nach dem Schinken werfen「些細なもので大きな利益を上げる、エビでタイを釣る」(直訳:「ソーセージを投げてハムを得る」)にもあえて言及しておきたい。たしかに使用頻度はそれほど高くないかもしれないが、ハムとソーセージのヒエラルキーを如実に語る言い回しであり、5版での復活が期待される。

さて、この機会に無数ともいえる種類のドイツ・ソーセージの中から、ミュンヘン名物白ソーセージ(Weißwurst)を紹介しておきたい。これは子牛肉にパセリやタマネギを加えて作る「生」ソーセージで、日持ちがしない。かつては、Weißwürste dürfen das Zwölfuhrläuten nicht hören「白ソーセージは12時の鐘を聞いてはならない」といって、朝作ったものを昼前に消費する習慣であった。ボイル(というより湯通し)して、甘いからし(süßer Senf)を付けて食べる、柔らかくジューシーなソーセージである。ザウアークラウト(Sauerkraut)は添えず、Brez’n (Brezel)と呼ばれる8の字型パンとセットで供されるが、加えて小麦ビール(Weizenbier)があれば、言うことなし。皮はごく薄いけれど、ナイフあるいは指でむいて食べるのが流儀だ。このソーセージは中部・北部ドイツでは概して評判が芳しくなく、バイエルン州内でも北半分のフランケン地方ではもっぱら焼きソーセージが食される。州の南北を分かつドナウ川が戯れにWeißwurstäquator「白ソーセージ赤道」と呼ばれるのはこの事情からである。実際、この「赤道」はドイツ・ソーセージ文化の中央構造線ともいえ、第二次大戦後ベルリンないしハンブルクを起点にドイツ各地に普及したカレーソーセージ(Currywurst)-ぶつ切りにした焼きソーセージにケチャップとカレー粉をかけたファストフード-も、これを突破することができなかった。このカレーソーセージも気になる存在かもしれない。関心のある方はウーヴェ・ティム(浅井晶子訳)『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』(河出書房新社 2005)を読まれるとよいであろう。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 飯嶋 一泰 ( いいじま・かずやす)

早稲田大学文学学術院教授
専門はドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)