クラウン独和辞典 ―編集こぼれ話―

68 ドイツのゆで卵

筆者:
2009年10月26日

エッグスタンド Eierbecher に立てたゆで卵を、そのままタマゴ用スプーンで上手に食べるのにはなかなか熟練が必要である。最初の段階で、どうやって殻の上部に口を開けるか、である。

通例は、スプーンの背で卵の頭を軽く叩いて、適当な範囲にひびを入れ、手で小さくむしり取る。確実だが、口の周りがギザギザになることは避けられない。それに、手を使うのもはばかられる。

そこへいくとドイツ人はみな、ナイフで上手にスパッと卵の殻の上部を薄く切り取る。まねをして何度かやってみると、思い切りさえ良ければ、何かの剣法のように不可能な技術でもないことが分かる。どうしても端に小さなギザギザが出来てしまうが。これはドイツ人でも全員なんなくやってのけられることではないらしく、ゆで卵用はさみ、というものを妻がドイツで見かけたことがあるそうだ。それ以後見かけないので、あの時買っておけば良かったと、しきりに悔やんでいる。

ある日本人は、その薄く切り取った卵の殻を、ドイツ人がそのまま惜しげもなく捨ててしまうのを見て驚いていた。だって、その卵の殻の裏には、薄く切られた白味が付いたままなのに、あの倹約家のドイツ人がそれを食べようとしないなんて!

ゆで卵といえば、ドイツで最も驚かされたことの一つが、卵のゆで方の違いだった。日本でゆで卵を作るには、卵は水からいれる。お湯から入れると、殻の内部にある空気が膨張し、殻が破裂してしまうからだ。ところがドイツではこの禁を犯す。それでも失敗しないのは、お湯に卵を入れる前に、何と針で殻に小さな穴を空けるのだ。尖っていない方の端に針を刺すのがコツで、通例空気はそちらの側にある。

こわごわドイツ人のまねをしてやってみると、なるほど普通の針で卵の殻に穴が空けられるものだし、それでといって卵全体が割れもせず、白味が流れ出もせず、お湯に入れると、プクプクとその小さな針穴から空気が出てきて、それで終わりである。6分で半熟、8分で固ゆでができるが、このゆで方で優れているのは、初めから殻に割れ目があって、殻と白味の間に水が入っているから、殻がむきやすく、失敗することがないのだ。是非お試し下さい。うちではもうゆで卵用の針が台所に常備してあるくらいである。卵に針で穴を簡単に空ける器具というものも売っている。これはまだ手にはいるし、日本でも見かける。

筆者プロフィール

『クラウン独和辞典第4版』編修委員 石井 正人 ( いしい・まさと)

千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員

編集部から

『クラウン独和辞典』が刊行されました。

日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

(第4版刊行時に連載されたコラムです。現在は、第5版が発売されています。)