『ハリー・ポッターと賢者の石』ではじまるJ. K. ローリングの7作のシリーズは,言わずと知れた魔法使いの少年,ハリー・ポッターを主人公とするファンタジー小説です。この『ハリー・ポッター』シリーズでは,設定上,作品のそこここに魔法の呪文が出てきます。
そこで,問題です。
(問題その1)あなたが作者なら,呪文をどのようなものにしますか?
第8回と9回では,呪文にはふたつのパタンがあることを見ました。真正型と普及型です。真正型呪文は,たいてい聞き手には理解できない難解なものです。「オン・アボキャ・ベイロシャノウ」ではじまる光明真言がその代表例でした。他方,普及型呪文は,[呪術的前付け+効能説明]のかたちをとり,呪文ではありながらも何の呪文か分かるようになっています。たとえば,「テクマクマヤコン,テクマクマヤコン,沢穂希選手になーれ」がその例です。
子供向けのアニメなどでは,この普及型呪文が幅を利かせています。呪術的前付けをお約束として一つ考案したら,後はこれですべて事足りるからです。しかも,子どもはお約束の決まり文句をわくわくしながら待ち受けているものなので,なおさら都合がよい。さらには,何の呪文か説明がなされるので,話の筋を理解するのにも便利です。
これを『ハリー・ポッター』でやったらどうなるでしょうか?
『ハリー・ポッター』には大人の魔法使いも登場しますので,全編,普及型で通せというのは,ちょっとキツイですよね。あまりに子供っぽくなってしまいます。映画になったらなおさらです。スネイプ先生役のアラン・リックマンが,テクマクマヤコン的な呪文を例の低いソフトな声で唱えるのは,正直,つらいものがあります。ほかの映画を見るときまで影響してしまいます。もう,クリスマスには映画『ダイハード』を観るという楽しみが台なしです。(スミマセン,脱線してしまいました。あの,ちなみにこのスネイプ先生は『ダイハード』で血も涙もない悪役をリアルに演じております。)
もとより,普及型なら「アブラカダブラ」のような呪文をひとつ覚えたらいいわけで,だったら,ホグワーツ魔法学校で魔法の勉強する必要がなくなります。作品の世界観までぶち壊しです。つまり,作品の必然としてここは真正型呪文でなければならないのです。というわけで,『ハリー・ポッター』では,さまざまの(少なくとも見かけ上は)真正型の呪文が登場します。
そこで,さらに問題です。
(問題その2)真正型呪文をいきなり登場人物が唱えだすと,読者はなんのことか分からず戸惑うかもしれません。これにはどう対処すればいいでしょうか?
(問題その3)真正型呪文ですと,魔法の数だけ呪文を作らねばなりません。ランダムに得体のしれない呪文を作ると,すぐにネタが切れてしまいそうです。何かいい方法はないでしょうか?
まずは,(問題その2)から考えてみましょう。と,そろそろ調子が出てきたところですが,続きは第11回で。