今回は本辞典の記述のなかから発話行為にかかわる情報について、今までと同じく、G(2007年第4版)、W(2007年第2版)、O(2008年発行)の3つの辞書の記述と比較しながら解説したいと思います。
発話行為(speech acts)は哲学起源の比較的新しい概念で、これを使うと従来の文法範疇をいわば横断的にカバーすることができます。たとえば、「窓をあけてください」という文は、“Open the window.” “Will you open the window?” “I’d like you to open the window.”などと表現することができますが、これらはそれぞれ、命令文、疑問文、平叙文、と文の形式が異なり、説明するにはその形式からはじめる必要があります。発話行為の観点からみると、これらを一括して「要請(request)」を表す表現とまとめることができます。また、文法の上位概念とみることができる現象もあり、たとえば、“You shouldn’t open the window.”に対して、文法的には“No, I won’t.”のような言い方になるかと思いますが、“Yes, sir.”などとyesで応答することも可能です。この場合は、このyesは「命令」に対して「同意」という発話行為に対応する、と説明することができます。
本辞典のjust aboutをみてみましょう。語義3に「〈質問に答えて〉ほとんど」があり、“Is the work done?” “Just about.”(「仕事は終わった?」「大体ね」)をはじめ3つの用例が挙がっています。このように、「質問」という発話行為を受けて単独で答えることが多くみられ、上記のように明示することは発信型を目指す辞書として有用なことと思います。G、W、Oのいずれにも疑問文を受ける単独用法の例文はありますが、注記はみられません。
次にno wayの記述をみてみましょう。Gには発話行為に関しては特に情報はありませんが、Wの語義1に「(依頼に対して)絶対だめだ」があり、例文があがっています。Oの語義2に、例文はありませんが、「単独で返答に用いて」という記述があります。本辞典では、3つの語義のうち2つに発話行為に関連する情報があり、それぞれ用例を伴って、「〈要請を拒否して〉まっぴらだ、それどころじゃない」「〈相手の主張を強く否定して〉絶対に違うよ」と説明しています。
最後に、もっとも基本的な言い回しのひとつ、You’re welcome.の記述をみてみましょう。G、W、Oはいずれも「どういたしまして」という意味を優先し、そのあとに、それぞれ「お礼の言葉に答える決まり文句」、「お礼の言葉に対する丁寧な返答」、「感謝に対する返答」という説明が続いています。それに対して、本辞典では、4つの語義のうち、3つに発話行為に関する情報があります。以下に用例をひとつ付けて提示してみますので比較してみてください。
1 〈謝辞を受けて〉どういたしまして:“Thank you for you help.” “You’re welcome.”「お助けいただきありがとうございます」「どういたしまして」
2 〈お詫びに答えて〉大丈夫ですよ、気にしないで:“I’m sorry for the delay in answering your letter.” “You are welcome.”「ご返事が遅くなってごめんなさい」「気にしないで」
3 〈依頼・要請を受けて〉わかりました、お安い御用です:“Would you mind opening the window? It’s stuffy here in this room.” “No, you are welcome.”「窓を開けていただけないでしょうか?この部屋、むっとしているので」「ええ、いいですよ」