人名用漢字の新字旧字

第203回 「栅」と「柵」

筆者:
2020年3月19日

旧字の「柵」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「栅」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「柵」は出生届に書いてOKですが、新字の「栅」はダメ。「栅」と「柵」の新旧には議論があるのですが、ここでは「栅」を新字、「柵」を旧字としておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、旧字の「柵」を含む2528字が収録されていました。ところが昭和21年11月5日、国語審議会が答申した当用漢字表には、新字の「栅」も旧字の「柵」も含まれていませんでした。翌週11月16日に当用漢字表は内閣告示されましたが、やはり「栅」も「柵」も収録されていませんでした。昭和23年1月1日、戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が当用漢字表1850字に制限されました。この時点で、新字の「栅」も旧字の「柵」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀以上が過ぎ、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「柵」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無く、JIS第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が440回でした。この結果、旧字の「柵」は人名用漢字の追加候補になりました。一方、新字の「栅」は、そもそもJIS第1~4水準漢字に含まれていないので、追加対象になりませんでした。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50~199回 1~49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8~10 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6~7 JIS第1~3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0~5 JIS第1・3水準 - -

平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申し、9月27日の戸籍法施行規則改正で、これら488字は全て人名用漢字に追加されました。この結果、旧字の「柵」は人名用漢字になり、子供の名づけに使えるようになったのです。しかし、新字の「栅」は、人名用漢字になれませんでした。

平成22年6月7日、文化審議会が答申した改定常用漢字表には、旧字の「柵」が収録されていました。平成22年11月30日に内閣告示された新しい常用漢字表にも、旧字の「柵」が収録されていました。しかし、新字の「栅」は、常用漢字にも人名用漢字になれませんでした。それが現在も続いていて、旧字の「柵」は出生届に書いてOKですが、新字の「栅」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。