歴史で謎解き!フランス語文法

第36回 なぜ不定代名詞 on に続く動詞は3人称単数で活用するの?

2022年6月17日

学生:今学期もそろそろ半ばに差し掛かる頃ですね。

 

先生:そうだね、日に日に夏の兆しが強くなっていくのを感じるよ。授業もちょうど折り返し地点だし、体調を崩さないようにしないとね。

 

学生:先生がご担当のフランス語クラスは、どんな雰囲気ですか?

 

先生:活気があるし、みんなとても真面目に頑張っているよ。少しずつ対面授業が再開されるようになって、教室で同級生と一緒に勉強できるようになったのが楽しいのかもしれないね。動詞活用の練習にも、コツコツ取り組んでいるし。

 

学生:あっ、そういえば、動詞活用の件で先生にお聞きしたいことがあったのでした! 不定代名詞の on って、続く動詞を3人称単数の形で活用しますよね。on は「人は、私たちは」と訳されるのに、どうして1人称複数ではなく、3人称単数で活用することになっているのですか?

 

先生:なかなか良い目の付け所だね。たしかに、小テストで on に対応する活用を問題に出すと、「私たちは」という訳文に引っ張られてか、« on sommes » のような1人称複数の nous に対応する活用が解答として寄せられることがあったりもするよ。

 

学生:恥ずかしながら、かつての自分もその1人でした……。フランス語を学び始めた頃に on に対応する活用の問題がテストに出て、on は「私たち」って意味だから nous と同じ1人称複数の活用だと勘違いしてしまったんです。さすがに今では3人称単数で活用できるようになりましたが、日本語の訳と合っていないような気がして、心がモヤモヤしていたのです。

 

先生:じゃあ、そのモヤモヤを解消しようか。結論から言うと、不定代名詞 on を3人称単数で活用する理由は、on が「人」を意味する古典ラテン語の普通名詞 homo に由来する語だからなんだ。つまり、on は「単数形の普通名詞」に由来する代名詞なので、3人称単数で活用される、というわけ。

 

学生:そうだったのですね! 思ったよりもシンプルで、わかりやすい理由でした。これで心のモヤモヤが晴れましたよ。先生、今回もありがとうございました。

 

先生:それは何より。ただ、せっかく on の話になったわけだし、その由来や用法について、もう少し詳しく説明しておこうかな。そうすれば、on についてさらに理解が深まるだろうしね。

 

学生:先生さえよろしければ、ぜひお願いします!

 

先生:よし、今日は on について理解を深めよう。まずは、現代フランス語における用法を改めて確認するところから始めるよ。文法事典に記載された on の項目を見てみると、実に様々な用法が存在していることがわかる。『新フランス文法事典』(白水社)をみると、on の意味として「1. 不特定の on(on indéterminé)」、「2. 文体的用法」、「3. on = je, nous」が挙げられている[注1]。on が一般的な「人」として用いられるのは、「1. 不特定の on」の意味だね。そして「私たち」という nous の代わりとして用いられるのは、「3. on = je, nous」の場合だね。

 

学生:on にこれほど多くの用法があるなんて知りませんでした。しかも、「2. 文体的用法」の項目には、「on = je, nous」のほかに「on = tu, vous」や「on = il(s), elle(s)」などもあって、もはや on が万能の代名詞に見えてきましたよ。

 

先生:「on は文脈・状況によりすべての主語人称代名詞に代わることができ」という説明も書かれているね[注2]。丁寧に理解しておくと、君の on の使い方に幅が出てくるかも。さて、文法事典の方に目を戻すと、『新フランス文法事典』における on の項目の冒頭部分には、由来に関する記述があるんだ。そこには「古仏語 ome(= homme < lat. hominem)の主格形.om(< lat. homoから)」と書かれている。

 

学生:かつては on ではなく、om という綴りだったのですね! それは初めて知りました! ちなみにこれは、古典ラテン語の homo が変化して、古フランス語の段階で om になったという理解でよろしいですか? ちょうど homo の語形の中に om の2文字が含まれていますし。

 

先生:うん、それで大丈夫。ついでに、on の形態的変化の流れも見ておくとしようか。on が古典ラテン語の homo に由来することは、さっき話したよね。この homo という語には、古フランス語だと om に限らず、hom, hon, on, em, en... というように、様々な綴りが存在していたんだ。このうち、現代フランス語で用いられているのが on というわけ。

 

学生:on の綴りには、多くのバリエーションがあったのですね。

 

先生:古典ラテン語に続く俗ラテン語の時代にも homo を「人」一般の意味で使った例は確認されていないんだけど、フランス語最古の文献とされる『ストラスブールの宣誓』Serments de Strasbourg(842年)に、この語を「人」一般の意味で使った例があるんだ。『ストラスブールの宣誓』では、フランク語で「人」を意味する man に対応する語として、homo に由来する om が使用されているよ[注3]

 

si cum om per dreit son fradra salvar dift(原フランス語)[注4]

soso man mit rehtu sinan bruher scal(フランク語)

人が、自らの兄弟を、当然のこととして助けなければならないように

 

学生:この時点で、homoom の変化が確認できるというわけですね。

 

先生:他にも初期の古フランス語の文献では、11世紀に書かれた聖人伝『聖アレクシス伝』La Vie de saint Alexis でも不定代名詞としての on の用例が確認できるよ。このテクストでは、現代語の on にあたる語は um という綴りで書かれているけどね[注5]

 

Sainz Boneface, que l’um martir apelet
Aveit en Rome un’eglise mult bele(566-567行)

人が殉教者と呼ぶ聖ボニファスは、
ローマにとても美しい教会を持っていた

 

学生:かなり初期のフランス語から on は不定代名詞として使われていたんですね。

 

先生:ここでちょっと注目してほしい部分がある。『聖アレクシス伝』に出てくる um に、定冠詞がついているのがわかるかい? 現代フランス語でも、si や où、et などの後に続く on には、定冠詞がついたりするよね。これは古フランス語の段階から既に行われていたことなんだよ。

 

学生:現代語の l’on の l’ は定冠詞だったんですか! ちなみに細かい話ですが、エリズィオンしているこの定冠詞は le でいいのでしょうか? それとも、la ですか?

 

先生:これは le だね。on は古典ラテン語の男性普通名詞 homo に由来するからね。

 

学生:エリズィオンの状態だと、le なのか la なのかわからなかった定冠詞の形が le だとわかってスッキリしました。そういえば、on が「人」を意味する古典ラテン語の普通名詞 homo に由来する語であることはよくわかりましたが、ここまでの説明に「私たち」という意味で使用された事例は出てきていませんよね。現代フランス語では on は不定代名詞として「不特定の人」を指すだけでなく、「私たち」の意味でも使われますよね。on に「私たち」という意味が付与された時期やきっかけが知りたいです。

 

先生:じゃあ、「私たち」という意味で用いられる on の使用例もみておくとしようか。冒頭で文法事典を紐解いたときに、on は文脈・状況に応じてすべての主語人称代名詞に代わることができるという点を確認したけど、12、13世紀の時点から、on はあらゆる人称の主語代名詞の代わりとして使うことができたんだ[注6]。ただし、「(不特定の)人」の意味での用例ほどは、多くない。「私たち」という意味の on の用法が広まるようになったのは、16世紀以降みたいだね。ほとんどの場合、動詞の活用は3人称単数なんだけど、1人称複数で活用する地域もあったようだよ[注7]。たとえば、15、16世紀の喜劇の一ジャンルであるソティ sotie, sottie を集めた『ソティ選集』Recueil général des sotties に収録されている作品には、on が nous の代わりとして使われている例があるね[注8]

 

On ne debvons pas grand amende
De chanter a nostre depart.(88-89行)

我々はさほど気にするべきではない
別れ際に歌うことについて。

 

   文中では、on に対し、準助動詞 devoir が debvons という1人称複数形で活用されているよね。文脈だけでなく、活用の形からも、ここの on は「(不特定の)人」という意味ではなく、「私たち」という意味で用いられていることがわかるんだ。

 

学生:となると、最初に話題に挙がった « on sommes » のような形は、今でこそ間違いとされていますが、中世には許容されていたんですね?

 

先生:もしかつての君が受けたフランス語文法の小テストが中世に行われていたなら、« on sommes » という解答も正解とみなされたかもしれない。事実、さっきの『ソティ選集』の中には « S’on ne sommes mors ou tués, / Nous vivons au Monde vrayment »(406-407行)という用例があって、« on sommes » の組み合わせも登場しているしね[注9]

 

学生:そうだったのですね。on が語源となった古典ラテン語の homo にはなかった代名詞としての機能を持つようになった経緯がよくわかりました。

 

先生:ちなみに、古典ラテン語の homo が持っていた普通名詞としての「人」の意味は、現代フランス語の homme が受け継いでいるんだ。homme は homo の対格形の hominem に由来するんだよ。

 

学生:古典ラテン語の homo の主格形からは on、対格形からは homme という別の単語が生まれたんですね。とても興味深いです。

 

先生:ここまで掘り下げて考えれば、もう on の活用を « on sommes » にするというミスは犯さなくなるんじゃないかな。どうだい?

 

学生:僕自身は大丈夫ですが、今日の話を聞いていない先生のクラスの学生たちは、もしかすると小テストで « on sommes » って解答を書いてくるかもしれませんよ。

 

先生:まぁ、on の活用を « on sommes » と書くような学生は稀で、実際は滅多にいないけどね(苦笑)。

 

[注]

  1. 朝倉季雄、木下光一校閲『新フランス文法辞典』白水社、2002年、pp. 344-346.
  2. 朝倉季雄、同掲書、p. 344.
  3. 島岡茂『古フランス語文法』大学書林、1982年、p. 91.
  4. Serments de Strasbourg に使用されている言語の名称については、ロマンス語、ロマン語、古フランス語など、様々な表記が挙げられる。本コラムにおける当該言語は、「最古のフランス語」や「古フランス語の前の段階のロマンス語」を示す意味で、「原フランス語」le protofrançais と表記した。
  5. STOREY, Christopher, La Vie de saint Alexis, Genève, Droz, 1968, p. 122.
  6. MARCHELLO-NIZIA, Christiane et al., Grande grammaire historique du français, Berlin ; Boston, De Gruyter Mouton, 2020, p. 1584. ; MATSUMURA, Takeshi, Dictionnaire du français médiéval, Paris, Les Belles Lettres, 2018, p. 2400.
  7. MARCHELLO-NIZIA, Op.cit., p. 1585.
  8. « Farce joyeuse des galans et du monde » dans Recueil général des sotties, éd. PICOT, Émile, tome.1, Paris, Librairie Firmin-Didot Et Cie, 1902, p. 21.
  9. Ibid., p. 43.

お知らせ

この連載はこの回から隔月の公開になります。次の公開は8月です。どうぞお楽しみに。

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』『仏検準2級・3級対応 クラウン フランス語単語 中級』『仏検4級・5級対応 クラウン フランス語単語 入門』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

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「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!

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