歴史で謎解き!フランス語文法

第45回 国や地域の住民名はどのように決まるの?

2023年12月15日

12月です。もうすぐ年の瀬、そして大学の先生方や学生たちにとっては、年末年始の休みが気になってくる頃ですね。そのせいでしょうか、いつもの学生が先生と、出身地の話をしていますよ。

 

学生:先生はたしか関西出身ですよね。

 

先生:そうなんだよ、私は関西人なんだ。もう東京での生活のほうが長くなってしまったんだけど。君はどこの出身なんだい?

 

学生:私は東京出身です。東京人ですね。ところで地名に「〜人」とつければいい日本語と違って、フランス語では国や地域によって、そこに住んでいる人の呼び方が違うのがやっかいですね。日本人は Japonais、フランス人は Français だけど、韓国人は Coréen、イタリア人は Italien とか。

 

先生:住民名を表す接尾辞がフランス語には何種類かあるから、確かに日本語よりややこしいね。こうした国、町、地域の住民を指し示す語を gentilé と言うんだ[注1]

 

学生: gentilé ですか。私ははじめて聞く単語です。

 

先生: gentilé という語の初出は1752年で、ラテン語の gentile nomen 「民族・国民の名前」に由来する。この語は ethnique「民族名」という語に取って代わられ、1940年代末にフランス語の辞書の見出しからも消えていたんだ。ただ地域住民の名称を示すのに ethnique という用語は適切とは言えない。1980年代にカナダのフランス語圏のケベック州が「ある場所(国、州、地域、都市など)の住民の名称」という定義を gentilé に与えて、ケベックで発刊される辞書の項目として採用され、定着した。1990年代からは Le Petit Robert 『プティ・ロベール』や Le Larousse illustré 『図解ラルース辞典』のようなフランスの代表的な辞書にも再び登録され、日常的なフランス語として用いられるようになったんだ[注2]

 

学生:案外、最近になって定着した用語なんですね。

 

先生:gentilé は住民の名称として用いられるだけでなく、その国・地域で話されている言語名や、その国・地域に関わる形容詞として用いられることもあるよね。

 

学生:例えば français が「フランス語」を指していたり、「フランスの」という形容詞として用いられることもある、といったことですね。

 

先生:そうそう。すべての gentilé にそれに対応する言語があるわけではないけれど、形容詞としては使われるね。gentilé が人を指す場合は語頭を大文字にするけれど、言語を指す場合は小文字で書くというのは大丈夫かな? 例えば、こんな感じだね。

 

Jeanne parle couramment anglais. 「ジャンヌは流ちょうに英語を話す」

John est Anglais. 「ジョンはイギリス人だ」

 

学生:2つ目の場合は、anglais「イギリス人」が小文字ではいけないのでしょうか?

 

先生:確かに属詞に gentilé が置かれるときは小文字で書かれる例は珍しくない。この場合は、gentilé が形容詞として扱われていると考えるといいだろう。例えば、

 

John est très anglais. 「ジョンはまさにイギリス人だ」

 

   という具合に強調の副詞 très で anglais を修飾する表現も可能なのだから、属詞の anglais は、固有名詞ではなく、形容詞だと捉えることもできる。そうなるとAnglais とわざわざ冒頭を大文字にする必要はないからね。実際にはどちらも許容されているし、現代フランス語のテクストではむしろ小文字で書く場合が多いかもしれない[注3]。ただ属詞以外の位置で gentilé が使われている場合は、固有名詞として大文字にしたほうがいいけどね[注4]。例えば、こんな感じに。

 

De nombreux Français ont visité Kyoto cet été. 「多くのフランス人がこの夏、京都を訪れた」

 

学生:「〜人」が属詞の場合は、大文字にしなくても間違いというわけではないんですね。どちらも目にしたことがあるような気がするので、どちらが正しいのだろうと思っていました。ところで gentilé の作り方にルールのようなものはあるのでしょうか?

 

先生:多くの場合は、国・地域名に接尾辞を付加することで gentilé が作られるね。接尾辞がつくことで、前に置かれた国・地域名の音とつづりが変化することはあるけれど。gentilé を示す代表的な接尾辞としては以下のようなものがあるよ。

 

  接尾辞
1 -ois(e) Chinois < Chine〔中国〕, Danois(e) < Danemark〔デンマーク〕
2 -ais(e) Français(e) < France〔フランス〕, Japonais(e) < Japon〔日本〕
3 -ien(ne) Brésilien(ne) < Brésil〔ブラジル〕, Canadien(ne) < Canada〔カナダ〕
4 -éen(ne) Coréen(ne) < Corée〔韓国〕, Panaméen(ne) < Panama〔パナマ〕
5 -ain(e) Américain(e) < Amérique〔アメリカ〕, Cubain(e) < Cuba〔キューバ〕
6 -an(e) Andorran < Andorre〔アンドラ〕, Persan(e) < Perse〔ペルシャ〕
7 -c / -que Turc / Turque < Turquie〔トルコ〕, Grec / Greque < Grèce〔ギリシャ〕
8 -ique Asiatique < Asie〔アジア〕, Britannique < Royaume-Uni〔英国〕
9 -mand Allemand(e) < Allemagne〔ドイツ〕, Flamand(e) < Flandre〔フランドル〕
10 同形 Nippon(ne)〔日本〕, Tchèque〔チェコ〕, Suisse〔スイス〕
11 語尾脱落 Russe < Russie〔ロシア〕, Belge < Belgique〔ベルギー〕

7では、/ の前が男性形単数、後ろが女性形単数。なお会話本文中の記述では、gentilé を男性形単数で統一している。

 

学生:うわ、思っていたより多いですね。表の1から5ぐらいまではよく見る気がしますが。

 

先生:gentilé の接尾辞で最も多いのは -ois、2番目が -ais だね[注5]。この2つの接尾辞の語源は、ラテン語の -ensem ないしゲルマン語の -isk だと考えられている。

 

学生:語源が2つあるのですか?

 

先生:うん、ラテン語の -ensem も、ゲルマン語の -isk も「〜に属する(人)、〜出身の(人)」を意味する接尾辞で、どちらも音韻変化の結果、古フランス語では [wɛs] あるいは [ɛs] という音に行き着いて、それが -ois、-ais と綴られたということみたいだね[注6]。-ois、-ais は、[wɛs] / [ɛs] という音を示す綴り字のバリエーションだったんだ。

 

学生:今では -ois を [wa]、-ais を [ɛ] と発音するのですよね。

 

先生:ちなみに英語の gentilé の接尾辞に、-ese というのがあるけれど、この語尾もラテン語の -ensem に由来するんだ。

 

学生:ああ、Japanese、Chinese とかですね。

 

先生:英語で -ese で終わる gentilé は、主に東・南アジアの国々やフランス語を公用語とするアフリカの国々の住民について用いられることが多いみたいだね。それに対してゲルマン語の接尾辞 -isk に由来する -(i)sh 語尾の gentilé は、イギリスとその周辺の国・地域の住民について用いられることが多いそうだ[注7]

 

学生:English、Scottish、Welsh、Irish、Spanish、とかそうですね。Frenchもそうなのかな[注8]? 英語の接尾辞 -ese が、アジアやアフリカの国・地域に多いというのは興味深いですね。ただ同じ -ensem に由来する -ois / -ais で終わるフランス語の gentilé については、必ずしもそうとは言えませんが。Japonais、Chinois、Sénégalais などはありますが、Français、Anglais、Danois などヨーロッパの国・地域の住民にも使われていますから。

 

先生:-ien、-éen も形容詞・名詞を作るラテン語の語尾、-iānum に由来する接尾辞で、「〜に属する(人)、〜出身の(人)」を意味する。-ain、-an は、ラテン語の接尾辞 -ānum が変化したものだ[注9]。フランス語の gentilé の約8割は、この6つの接尾辞、つまり -ois、-ais、-ien、-éen、-ain、-an で占められている[注10]

 

学生:接尾辞の選択はどのようにされているのでしょうか? ベースになる地名の音や綴りによって決まるのでしょうか?

 

先生:音韻とか、国・地域名とかいくつか理由は考えられるのだけど、接尾辞の選択は語によってケースバイケースで、「この場合には、この接尾辞になる」とルールが明確に決まっているわけではなさそうだね[注11]

 

学生:接尾辞が付加されない gentilé もありますね。Suisse は知っていましたが、Nippon というのもあるんですね。

 

先生:通常は Japonais だけどね。

 

学生:gentilé が、ベースになる地名と大きく異なるものもありますよね。例えばオランダは、les Pays-Bas ですが、それに対応する gentilé はありますか?

 

先生:les Pays-Bas に対応する gentilé は、Hollandais か Néerlandais だね。Hollandais は Hollande から派生した gentilé だ。Hollande はオランダの西部地方だけど、それが換喩としてオランダの国全体を指すようになったんだ。Néerlandais は、オランダ語での国名 Nederland に由来するけれど、これは「低い国」という意味だから、それをフランス語に訳して les Pays-Bas となったんだね。でも gentilé は、Nederland のフランス語形 Néerlande から取られているのはおもしろいね[注12]

 

学生:あと日本語でアメリカ合衆国の人をアメリカ人って呼びますけど、フランス語でも Américain ですよね。アメリカといえば、カナダや中南米の国々も含む地域も指すのに、なぜアメリカ合衆国の人たちを特に Américain と呼ぶようになったのでしょうか?

 

先生:Américain は、Amérique から派生した gentilé だね。言うまでもないけれど、Amérique は、America のフランス語形だ。America も Amérique も、アメリカ合衆国と南北アメリカの両方を指すのだから、当然その gentilé の American、Américain は、アメリカ合衆国と南北アメリカの住民の両方を指しうるということになるね。

 

学生:南北アメリカ大陸の全住民のものであるはずの名称 Américain が、そのうちの一国の住民を指す名称として占有されてしまうというのは、帝国主義的というか、ちょっと問題じゃないですかね?

 

先生:フランス語でアメリカ合衆国のことを les États-Unis と呼ぶけれど、これに対応する gentilé として、États-Unien があるけどね。Le Petit Robert ではこの語の初出を1955年としているけれど、ケベックでは1934年からこの語の用例が確認されている。アメリカ合衆国に批判的な見解のなかで États-Unienが使われる傾向があるらしいけど、まあ、どっちを使っても通用するみたいだね[注13]

 

学生:英語がらみでは、もう1つ気になっていることがありまして。イギリス人はフランス語では Anglais ですよね。スコットランド、ウェールズや北アイルランドの住民も、Anglais って呼んでいいんでしょうか?

 

先生:スコットランドや北アイルランド、ウェールズの人たちを英語なら English、フランス語なら Anglais と呼ぶのは適切ではないよ。Anglais は、5-6世紀に大陸からブリテン島にやって来たゲルマン民族のアングル人 Angle に接尾辞 -ais がついた形なんだ。英語の English は「アングル族(Engl)に属する(-ish)」という意味なので、Anglais はそのフランス語訳ということになる。アングル人の支配していた土地が England で、それをフランス語訳したのが Angleterre だしね[注14]。アイルランド人は英語なら Irish、フランス語なら Irlandais、スコットランド人は同様に Scottish、Écossais、ウェールズ人は Welsh、Gallois と呼ぶのがいいね。

 

学生:それでは、フランス語ですべてをまとめてイギリス人と呼びたいときは、どうすればいいんですか?

 

先生:イギリス全体を表す名称は、英語では the United Kingdam (略称はUK)、フランス語では Royaume-Uni で、これに対応する gentilé はブリテン島、つまり英語の Britain、フランス語の Bretagne に由来する British、Britannique だね。

 

学生:そういえばサッカーやラグビーの国際試合ではイギリス・チームではなくて、ウェールズ、イングランド、スコットランド、アイルランドは、それぞれ別のチームになっていますね。スコットランド人に English、Anglais って言わないように気をつけます。

 

[注]

  1. gentilé は、とある土地の住民の名称を指すが、これを「住民名」と訳してしまうと、土地名から派生した gentilé 語のニュアンスが消えてしまうように思える。この稿では術語としての gentilé を問題にしているので、あえて訳語におきかえず gentilé をそのまま使っている。
  2. DUGAS, Jean-Yves, « Les gentilés du Québec », https://usito.usherbrooke.ca/articles/th%C3%A9matiques/dugas_2 (最終アクセス日:2023年12月15日).
  3. 朝倉季雄『フランス文法集成』白水社、2005年、p. 192.
  4. ただし GREVISSE, Maurice et GOOSSE, André, Le Bon usage, Louvain-la-Neuve, De Boeck, 2016 (16e éd.), §99, a) 3o, R8には、« Pour les romains [...] le chemin aurait été essentiellement un pont. » (P. Guiraud, Étymologie) など、文学者や言語学者がこのルールを守っていない例がいくつか挙げられている。
  5. 表は、EGGERT, Elmar et als., « La formation des gentilés sur internet », Revue québécoise de linguistique, vol. 32, no. 1, 2003, pp. 25-39. ; p. 28.
  6. TLFi, art. « -ois »: https://www.cnrtl.fr/definition/-ois (最終アクセス日:2023年12月15日)
  7. AOKI, Hikaru, « Why Japan-ese and Not Japan-ian? : Historical Relations between Demonymie Suffixes and Country Names », 『コロキア』第43号、2022年、pp. 85-112. ちなみに英語では gentilé は、デモニム demonym と呼ばれる。
  8. 大髙博美「英語のデモニム(地名から派生の人名詞)─ その多様性と規則性」『EX:エクス: 言語文化論集』第8号、2013年、pp. 1-16. Frenchも -sh 語尾のバリエーション。
  9. TLFi, art. « -ain » : https://www.cnrtl.fr/definition/-ain ; https://www.cnrtl.fr/definition/-an ; Ibid., art. « -an » : https://www.cnrtl.fr/definition/-an (最終アクセス日:2023年12月15日)
  10. EGGERT et als., op. cit., p. 28.
  11. Ibid., pp. 28-33.
  12. TLFi, art. « néerlandais » : https://www.cnrtl.fr/definition/Néerlandais (最終アクセス日:2023年12月15日)
  13. Blogue Antidote, « Américain ou États-Unien ? », le 7 juillet 2008, https://www.antidote.info/fr/blogue/enquetes/americain-ou-etats-unien (最終アクセス日:2023年12月15日)
  14. art. « English »、『ウィズダム英和辞典 第4版』三省堂、2019年。

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』『仏検準2級・3級対応 クラウン フランス語単語 中級』『仏検4級・5級対応 クラウン フランス語単語 入門』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。著書に、『『狐物語』とその後継模倣作におけるパロディーと風刺』(春風社)がある。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

今回もこの学生さんにとって、とても有意義なお話でしたね。なお、出身地というのは、大事なプライバシーのひとつでもあります。親しい仲であっても、たずねるときには気をつけましょう。

さて、このコラム「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!

 

次回第46回は、2024年2月の第3金曜日に公開予定。どうぞお楽しみに。