歴史で謎解き!フランス語文法

第46回 フランス語では、car や autocar が「長距離バス」って、どういうこと?

2024年2月16日

学生:先生、こんにちは。

 

先生:ごめん、いま、定期試験の採点中だから答案を片付けるね。

 

学生:あっ、お忙しいところ、ごめんなさい。

 

先生:いや、大丈夫。私も採点ばかりで頭が痛くなってきたから。やっぱり、ここじゃなんだから、下のカフェテリアでお話ししましょう。(移動して)どうしました?

 

学生:春休みのフランス旅行のことで相談が。授業で先生は、学生時代にフランスのポワチエに留学していたと仰っていましたよね。

 

先生:うん、もう4半世紀も前のことになったけれど、懐かしい場所だよ。

 

学生:先生が授業で話していたロマネスク様式の教会を訪問したいと思って、ポワチエで2泊します。

 

先生:ポワチエのノートルダム・ラ・グランド教会 Église Notre-Dame-la-Grande [注1]。懐かしいな。ぜひ行って下さい。

 

学生:せっかくですから、先生がポワチエ近郊にあると話していらっしゃった、興味深い柱頭美術のあるショヴィニー Chauvigny [注2] の教会や、中世の壁画群のあるサン・サヴァン Saint-Savin [注3]の教会にも足を伸ばしてみたくて、フランス国鉄 SNCF のサイトで現地までのルートを調べてみたのですが、ちょっとわからないことがでてきて。パリからポワチエへの電車について、« TGV » と書かれているのと同じところに « Car TER » とあるのですが、(ノートパソコンの画面を見せて)これ、なんですか?

 

SNCF のサイトでの検索結果

SNCF のサイトでの検索結果[注4]

 

先生:どれどれ、なるほど。« TER » は、地方を走る鈍行列車のことだけれど、« Car » とあるのは、電車ではなくバスによる運行ということだね。ポワチエ駅前のバス停からシャトールー Chateauroux 行きのバスが出ているけど、ショヴィニーもサン・サヴァンもその路線に停留所があるよ。

 

学生:えっ、バスですか? « Car » と出てきたので、「車」って、なんなのだろうと思ってしまいました。

 

先生:フランス語では、都市と都市を結ぶバスを car もしくは autocar、市内を走るバスのことを bus もしくは autobus と言って区別するよ。

 

学生:日本語で言うと、「長距離バス」と「市内バス」ですよね。フランス語でも両方「バス」と言えばわかりやすいのに、どうしてそんなことになったのですか?

 

先生:日本人にとっての car は、小中学校で英語を習い始めた時に「自動車」という意味で出てくるから、フランス語で car は「長距離バス」のこと、と聞くと驚いてしまうよね。ところで、フランス語で「自動車」を表す語は何かわかるかな?

 

学生:voiture ですね。そうだ、car が「自動車」を表すのは、英語でのことですよね。英語の「自動車」がフランス語では「長距離バス」だなんて、すごく変な感じがします。興味深いってことですけど。どうしてこんなことになったのですか?

 

先生:英語の car はフランス語のノルマン方言が起源なんだけど、19世紀末に英語からフランス語に逆輸入された際に、意味が変わってしまったんだよ。

 

学生:そういえば、前にケルトの馬車や戦車を表す語が、ラテン語とノルマン方言のフランス語を介して、英語の car になったと教えて下さいましたね[注5]。その続きのお話でしょうか?

 

先生:そういうことになるね。19世紀の英語では car が一般的な「車両」の意味を担っていたのだけれど、19世紀末になって自動車が開発されると、motor car、autocar、automobile、motor vehicle と呼ばれるようになった。自動車が普及する過程で、motor car や autocar が日常的に使われるようになると、motor や接頭辞の auto- が省略されて、car 単独で「自動車」を意味するようになった。一方で、従来 car が担っていた一般的な「車両」は、16世紀にフランス語の véhicule から入った vehicle という語によって言い表されるようになったんだよ[注6]

 

学生:そういえば前に、フランス語では、17世紀になると char が「(古代の)戦車」、「田舎の農耕用の車両」といった特殊な車を表すようになっていく一方で、車両一般を表す語としては、同じく起源が古フランス語に遡る voiture が使われるようになっていったと説明して下さいましたね[注7]。一方、英語では、car が「自動車」の意味にシフトすることによって、新しく英語になった vehicle が車両一般を表すようになった、ということですか。

 

先生:その通り。フランス語の voiture は、馬車が乗り物の中心になった18世紀に、単独でも「馬車」を意味するようになった[注8]。ところが、その後自動車が開発されると、乗り物を区別する必要が生じたために、「自動車」は voiture automobile(原動機によって自力で動く車)、「馬車」は voiture hippomobile [注9](馬の牽引によって動く車)と形容詞をつけて呼ばれるようになった。hippomobile の hippo- は、「馬」を表す接頭辞だよ。さらに、1950年以降になって日常生活から馬車が消滅すると、それぞれの乗り物を区別する必要がなくなっていく。結果、元々単独で「馬車」を指していた voiture が、今度は単独で「自動車」を表すようになったんだ[注10]

 

学生:なるほど、英語では、自動車産業の発達が、もともとは車両一般を表していた car を「自動車」の意味に変えたのに対して、フランス語では、馬車の衰退が、もともとは車両一般を表していた voiture を「自動車」の意味に変えた、ということですね。

 

先生:英語における馬車は、car の派生語だけど、carriage という別の言葉で呼ばれたことが、英語の car とフランス語の voiture の発展の違いに影響しているのだろうね。

 

学生:なるほど。ところで、最初の質問は、フランス語の bus と car についてだったのですが、まだ bus が出てきていませんね。

 

先生:あ、そうだったね。さっき、馬車の話をしたけれど、自動車が誕生する前の時代に voiture と呼ばれた馬車の中でも、乗合馬車は「万人向けの」という意味のラテン語 omnibus(形容詞 omnis「すべての」の複数・与格形)をつけて voiture omnibus と呼ばれたんだ。やがて voiture が省略されて、omnibus 単独で「乗合馬車」を表すようになる[注11]。さあ、そこで自動車の登場だけれど、原動機によって動く乗合の車と、馬の牽引によって動く乗合の車を区別する必要が出てきたら、それぞれ、どのように呼ばれるようになったと思う?

 

学生:自動車が voiture automobile で、馬車が voiture hippomobile だったのだから、原動機によって動く乗合の車は omnibus automobile、馬の牽引によって動く乗合の車は omnibus hippomobile でしょうか?

 

先生:その通り。そういえば、ちょうどいい当時の絵葉書を持っているから、後でメールで画像を送ってあげよう[注12]。フランス語の語源辞典には、パリ市内の乗合の車を統合した会社 Compagnie générale des omnibus が1906年に原動機付きの車両を導入した際に omnibus automobile という表現ができて、社員がそれを略して autobus と呼ぶようになったのが一般に浸透したと記されている[注13]

 

学生:autobus ですか。bus までもう一歩ですね。今、「パリ市内の乗合の車」とおっしゃいましたが、もしかして、現代のフランス語で bus が「市内バス」と呼ばれていることと関係がありますか?

 

先生:よく気がついたね。英語では「自動車」を表していた autocar という語が、1895年にフランス語に借用されていたのだけれど、この語が、autobus との対比から、町と町を結ぶ「長距離バス」の意味で使われるようになったんだよ。

 

学生:なるほど。パリ市内を走るバスについて言われていた autobus はずっと「市内バス」の意味で使われたのに対して、新しく登場した「長距離バス」には、autobus とよく似た響きの外来語が採用された、ということなんですね。

 

先生:その通り。やがて、接頭辞の auto- が省略されて、「市内バス」は bus と、「長距離バス」は car と呼ばれるようにもなった、というわけだ[注14]。まとめると、古フランス語 char のノルマン方言 car「荷車、戦車」が英語に輸出されて「車両」一般を表す語になり[注15]、さらに19世紀の終わりから20世紀の初頭以降、motor car や autocar の省略形として、car は「自動車」一般を指すようになっていった。その時期の最初に autocar がフランス語に逆輸入されたけど、この語は、よく似た響きを持つ「市内バス」autobus との対比で、「自動車」ではなく、「長距離バス」という意味で使われるようになった。さらに、馬車が廃れると、「市内バス」は auto が省略されたりされなかったりで、bus または autobus、「長距離バス」も auto が省略されたりされなかったりで、bus または autobus になった、ということになるね。

 

学生:今日は、なんだか、海を渡って時代を超えて、言葉の大河ドラマのようなお話でしたね。言葉の歴史って、とても面白いです。

 

先生:そう言ってもらえれば、うれしいよ。フランスでのバスの旅、楽しんできて下さい。

 

学生:はい、気をつけて行ってきます。

[注]

  1. ポワチエ市の観光案内所のホームページの、ノートルダム・ラ・グランド教会の紹介ページを参照。https://visitpoitiers.fr/activite/eglise-notre-dame-la-grande-poitiers/(最終アクセス日:2024年2月16日)また、Wikipedia に、Gibert Bochenek 氏による同教会西正面の画像が高解像度で掲載されている。https://fr.wikipedia.org/wiki/%C3%89glise_Notre-Dame-la-Grande_de_Poitiers(最終アクセス日:2024年2月16日)
  2. Wikipedia に、Jochen Jahnke 氏によるサン・ピエール参事会教会 Collégiale Saint-Pierre de Chauvigny の柱頭美術の画像が掲載されている。https://fr.wikipedia.org/wiki/%C3%89glise_Saint-Pierre_de_Chauvigny#Chapiteau_I(最終アクセス日:2024年2月16日)
  3. 吉川逸治『サン・サヴァン教会堂のロマネスク壁画』、新潮社、1982年を参照。サン・サヴァン修道院 Abbaye de Saint-Savin のホームページに、修道院附属教会堂の壁画が紹介されている。https://www.abbaye-saint-savin.fr/fr/des-peintures-murales-uniques-au-monde(最終アクセス日:2024年2月16日)また、Wikipedia に、GuyFrancis 氏らによる同壁画の画像が高解像度で掲載されている。 https://fr.wikipedia.org/wiki/Abbaye_de_Saint-Savin-sur-Gartempe(最終アクセス日:2024年2月16日)
  4. 検索結果画面は、SNCF のウェブサイトから取得した(2023年12月14日画面キャプチャー)。https://www.sncf.com/fr
  5. 本コラムの「第40回 どうして、chance は綴りが同じなのに、英語とフランス語で発音が違うの?」(2023年2月17日)を参照。(最終アクセス日:2024年2月16日)。
  6. Oxford English Dictionary, https://www.oed.com , "car -noun1-" ; "vehicle -noun-"(最終アクセス日:2024年2月16日)
  7. 本コラムの「第40回 どうして、chance は綴りが同じなのに、英語とフランス語で発音が違うの?」(2023年2月17日)を参照。
  8. 1870年代に出版されたリトレによるフランス語辞典の « voiture » の項目の定義2と3は馬車のことをさしている。LITTRÉ, Émile. Dictionnaire de la langue française, Paris, Hachette, 1873-1874. Electronic version created by François Gannaz, « voiture ». https://www.littre.org/definition/voiture(最終アクセス日:2024年2月16日)。また、アカデミー・フランセーズのフランス語辞典では、第5版(1798年)の « voiture » の項目に、この語が単独で馬車を指すことが頻繁にあるという、それまでの版にはなかった記述が現れる。Dictionnaire de l’Académie française, 5e édition, 1798, « voiture ». https://www.dictionnaire-academie.fr/article/A5V0638(最終アクセス日:2024年2月16日)
  9. あるいは、voiture à cheval とも言う。
  10. REY, Alain, Le Dictionnaire historique de la langue française, Paris, Le Robert, 2018, « voiture » を参照。
  11. Y, Alain, op. cit., « omnibus » の項目を参照。
  12. キャプションにそれぞれ、« omnibus à 2 chevaux »「2頭だての乗合馬車」、« omnibus automobile »「原動機付き乗合の車」と記されている。また、切手に1907年の消印が押されている「原動機付き乗合の車」の絵葉書には、« L’autobus parisien 1907 » という手書きの書き込みが見られる。


    20世紀初頭のパリで出された絵葉書

  13. REY, Alain, op. cit., « automobile » の項目中の « autobus » を参照。前注下の絵葉書の表面には、写真面に記された « L’autobus parisien 1907 » と同じ筆跡で宛名と通信文が記されている。このことから、この絵葉書は、写真面に貼られた切手を1907年の日付印で抹消することによって実際に郵送された絵葉書であり、写真面の書き込みは後からの加筆ではないと判断できる。1906年にパリの乗合会社の社内用語として使われるようになった autobus という表現が、1907年の段階で一般に使われるようになっていたということである。
  14. REY, Alain, op. cit., « car » ; ibid., « automobile » の項目中の « autocar » ; « autobus » ; « bus »  を参照。
  15. 本コラムの「第40回 どうして、chance は綴りが同じなのに、英語とフランス語で発音が違うの?」(2023年2月17日)を参照。

筆者プロフィール

フランス語教育 歴史文法派

有田豊、ヴェスィエール・ジョルジュ、片山幹生、高名康文(五十音順)の4名。中世関連の研究者である4人が、「歴史を知ればフランス語はもっと面白い」という共通の思いのもとに2017年に結成。語彙習得や文法理解を促すために、フランス語史や語源の知識を語学の授業に取り入れる方法について研究を進めている。

  • 有田豊(ありた・ゆたか)

大阪市立大学文学部、大阪市立大学大学院文学研究科(後期博士課程修了)を経て現在、立命館大学准教授。専門:ヴァルド派についての史的・文献学的研究

  • ヴェスィエール ジョルジュ

パリ第4大学を経て現在、獨協大学講師。NHKラジオ講座『まいにちフランス語』出演(2018年4月~9月)。編著書に『仏検準1級・2級対応 クラウン フランス語単語 上級』『仏検準2級・3級対応 クラウン フランス語単語 中級』『仏検4級・5級対応 クラウン フランス語単語 入門』(三省堂)がある。専門:フランス中世文学(抒情詩)

  • 片山幹生(かたやま・みきお)

早稲田大学第一文学部、早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程修了)、パリ第10大学(DEA取得)を経て現在、早稲田大学非常勤講師。専門:フランス中世文学、演劇研究

  • 高名康文(たかな・やすふみ)

東京大学文学部、東京大学人文社会系大学院(博士課程中退)、ポワチエ大学(DEA取得)を経て現在、成城大学文芸学部教授。著書に、『『狐物語』とその後継模倣作におけるパロディーと風刺』(春風社)がある。専門:『狐物語』を中心としたフランス中世文学、文献学

編集部から

このコラム「歴史で謎解き! フランス語文法」では、はじめて勉強する人たちが感じる「なぜこうなった!?」という疑問に、フランス語がこれまでたどってきた歴史から答えます。「なぜ?」がわかると、フランス語の勉強がもっと楽しくなる!

さて、大変多くの方にご覧いただいているこの連載コラム、執筆者の都合でしばらく更新をお休みいたします。本年2024年秋にはパワーアップして再開の予定です。どうぞお楽しみに。