新型肺炎の流行で,多くの命が失われ,感染者や医療従事者は言うまでもなく,ウィルスの影響で大変な思いをされている方がたくさんいらっしゃることには心を痛めている。留学生受け入れを担当している私自身の周囲にも大きな影響が出ている。国際交流がこれからどうなるのか,大いに気にかけているし,各国が内向きになっている今だからこそ,一定の基準や対策を定めたうえで,早く留学交流を再開させたいと願っている。
社会の変化にも着目している。勤務校では授業も試験も会議もテレワークになり,通勤地獄からは一時的に解放され,書類に意味のないハンコを押すことが減りそうな動きもあって,悪いことばかりでもない。オンライン授業の功罪についても思うところがいろいろある。これをきっかけに言語教育の世界にもさまざまな変化が生まれているし,これからも生まれてくるであろう。
まず,今回はコロナ関連の新語・流行語について書きたい。世の中が大変なときに,それをネタにしてのんきなことを書いている場合ではないとお叱りを受けそうだが,ここは言葉のあり方を日々の生業にする者の観察として,お許しいただきたい。
ユーキャン「新語・流行語大賞」に何が選ばれるか予想するのが私の毎年の暮れの仕事?になっている。このような社会文化的背景を持った語は留学生などには理解しにくいものが多いが,わかるようになるとその言語コミュニティに深く入っていける感じになるので,積極的に教えたいと思うし,中には必要度の高い語もある。語構成や語と社会の関わりに関する感覚を磨く材料としても格好の材料だ。
昨年はOneTeamが大賞に選ばれたが,今年はこれまでコロナ関連で大量の耳慣れない言葉が世間に流通している。辞書編集者や時事用語編集者はさぞかし忙しいことであろう。今年はまだ前半も終わっていないが,「今でしょ」「お・も・て・な・し」「じぇじぇじぇ」「倍返し」の4語が選ばれた2013年以来の当たり年になる可能性もあると思うぐらいである。
手当たり次第に使用頻度が上がった語を拾ってみると,まずはウィルスそのものを指す「コロナウィルス」「新型ウィルス」「新型肺炎」「COVID-19」がある。接触に関しては「濃厚接触」「3密」があり,小池都知事が使って流行した「密です」はゲームまで誕生した。感染に関わる「クラスター感染」「集団感染」「オーバーシュート」「感染爆発」,対策関連の「特措法(特別措置法)」「専門家会議」「緊急事態宣言」「ロックダウン」「都市封鎖」「休業要請」「自粛要請」「ソーシャルディスタンス」「社会的距離」「8割削減」「8割達成」「8割おじさん(西浦教授)」,そして東京では「ステイホーム」「東京アラート」が出てきた。経済面で「緊急経済対策」「給付金」「10万円」「休業補償」「雇用調整助成金」などの政策が打ち出され,経済活動再開には「出口戦略」が必要で,「大阪モデル」も報じられた。さらには変化に対応して出てきた社会現象として「在宅勤務」「おうち時間」が増え,「巣ごもり需要」が高まり「フェイスシールド」をつけた人を見かけるようになり,「オンライン飲み会」「オンライン営業」などの「オンライン○○」,「テレワーク」「リモートワーク」など「テレ○○」「リモート○○」も増えている。ウェブとセミナーをかけあわせた「ウェビナー」に参加する機会も増えた。「不要不急」もその解釈をめぐって多くの議論が交わされた。「アベノマスク」は星野源コラボ動画との「便乗」とも相まって庶民の不興を買った。「コロナ便乗詐欺」も発生した。「ペスト」「スペイン風邪」などの歴史も繰り返し報じられた。今後は「新しい生活様式」「ニューノーマル」「第2波」「第3波」も頻度が上がりそうだ。
語構成の観点からみると,完全な新語は少なく,ほとんどが従来からある語構成要素の組み合わせである。ここに挙げた中では新語と言えるのは「COVID-19」「3密」「アベノマスク」ぐらいで,語構成要素が新しく作られたのは英語の頭文字から作られた「COVID」ぐらいであろう。
意味の点から注目するのは,2月に感染のニュースを聞いたときにギョッとした「濃厚接触」という語だ。キスやハグのことかと思ってニュースをよく聞いてみると,父親と息子が濃厚接触したという。これは身体的な接触ではないのかなとその時思った人も多いだろう。いまや日常語となり,身体的な接触を指すと思う人は少なくなったに違いない。「接触」という語の概念が広がったように思われる。
「濃厚接触」は専門家の間では以前から使われていた語であろう。国立感染症研究所の「新型コロナウィルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年4月20日暫定版)」で「濃厚接触者」が定義されている。このような定義を持つ専門語が一般に広く使われるのは珍しいが,それは「濃厚」「接触」という一般的な語を組み合わせており,理解しやすい語であることも関わっていよう。これに対し哲学を専門とする古田徹也氏(東京大学)は close contact のような専門語を安易にわかりやすい「濃厚接触」といった語に置き換えることに警鐘を鳴らしている(朝日新聞デジタル2020年4月21日)。「濃厚接触」では食卓を囲んだおしゃべりを連想できず,全く危険と思わずにそうした営みを続けた人々が当初は多くいたのではないか,という趣旨である。同様に「ロックダウン」は単なる「都市封鎖」ではなく,「ソーシャルディスタンス」も「社会的距離」と訳すと貧富の差や差別を連想させるとしている。社会言語学的に見れば,意味が全く同じであればどちらか一つが生き残り,もう一方は淘汰されるのが普通であるが,多少なりとも異なれば使い分けられてどちらも生き残ることになる。ただ,いずれにしても「濃厚接触」のように誤解を生みやすい語は,報道の初期にはわかりやすく説明を入れてほしいと思う。
これからもコロナ関連の社会変化に伴って新たな新語・流行語が出てくるかもしれないが,少しでも明るい語感の語が増えてほしいと願っている。