人名用漢字の新字旧字

第191回 「鴈」と「雁」

筆者:
2019年9月26日

旧字の「雁」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「鴈」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「雁」は出生届に書いてOKですが、新字の「鴈」はダメ。「鴈」と「雁」は、元々は違う鳥を意味していたらしいのですが、ここでは「鴈」を新字、「雁」を旧字としておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、隹部に旧字の「雁」を収録していましたが、新字の「鴈」は収録されていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表で、国語審議会は、旧字の「雁」を削除してしまいました。当用漢字表は「使用上の注意事項」で「動植物の名称は、かな書きにする」としており、このルールに従えば、新字の「鴈」も旧字の「雁」も、当用漢字表には不要だと判断されたのです。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「鴈」も「雁」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「鴈」も「雁」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから半世紀以上が過ぎ、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「雁」は、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区は無かったものの、漢字出現頻度数調査の結果が1507回で、JIS第1水準漢字だったので、人名用漢字の追加候補になりました。新字の「鴈」は、出生届を拒否された管区は無く、漢字出現頻度数調査の結果が72回で、JIS第2水準漢字だったので、追加候補になりませんでした。

平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を答申し、9月27日の戸籍法施行規則改正で、これら488字は全て人名用漢字に追加されました。この結果、旧字の「雁」は人名用漢字になり、子供の名づけに使えるようになったのです。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「鴈」と旧字の「雁」の両方を収録していました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「雁」に加え、新字の「鴈」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「雁」はOKですが、新字の「鴈」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。