人名用漢字の新字旧字

第174回 「鶵」と「雛」

筆者:
2019年1月17日

旧字の「雛」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。新字の「鶵」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「雛」は出生届に書いてOKですが、新字の「鶵」はダメ。「鶵」と「雛」は、必ずしも新旧の関係にはないのですが、ここでは「鶵」を新字、「雛」を旧字としておきましょう。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、隹部に旧字の「雛」を収録していましたが、新字の「鶵」は収録されていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表で、国語審議会は、旧字の「雛」を削除してしまいました。当用漢字表は「使用上の注意事項」で「動植物の名称は、かな書きにする」としており、このルールに従えば、新字の「鶵」も旧字の「雛」も、当用漢字表には不要だと判断されたのです。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「鶵」も「雛」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「鶵」も「雛」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

それから40年以上が過ぎて、平成元年2月13日に発足した民事行政審議会では、人名用漢字の追加が議論されました。法務省民事局が全国の市区町村を対象におこなった調査(昭和63年5月)で、200以上の漢字が人名用漢字の追加候補として挙がっており、その中に旧字の「雛」も含まれていました。調査における「雛」の出現順位は、89位でした。人名用漢字にどの漢字を追加すべきか決めるために、審議会委員28人は2回の投票(複数の漢字に投票可)をおこないました。「雛」は1回目の投票で12票、2回目の投票で18票を集めました。

民事行政審議会は平成2年1月16日、新たに人名用漢字に追加すべき漢字として、「雛」を含む118字を法務大臣に答申しました。平成2年3月1日、戸籍法施行規則が改正され、これら118字は全て人名用漢字に追加されました。この戸籍法施行規則は、平成2年4月1日に施行され、旧字の「雛」が子供の名づけに使えるようになりました。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、新字の「鶵」と旧字の「雛」の両方を収録していました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、旧字の「雛」に加え、新字の「鶵」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、旧字の「雛」はOKですが、新字の「鶵」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。