近ごろ、「豆鼓」(トウチ)というものが、大きく広告に出ていることがある。たとえば、今年2月8日の「読売新聞」の広告欄にも、それが出ていた。血糖値が気になる人に、とかいうことで、一部で人気が出ているらしい。
「トウチ」というものは、黒大豆に塩を加えて煮たものを、さらに発酵させて作った、乾納豆のような食品だ。中華料理で、辛味、塩味、旨味や香りなどを足すために調味料として使われるほか、漢方薬としても用いられてきた。我が家の食卓でも、餃子騒動などどこ吹く風で、貴州産のそれがときどきピリッとしていてコクのある味わいを添えてくれる。
漢字では「豆豉」と書く。中国語では dou4 chi3(ドウチー)だ。この2文字目は、「豆」と「支」から成り立つ形声文字であり、「支」だから「チ」(日本漢字音ではジ・シ)という発音なのだ。ところが、日本では、この字を用いる単語がほとんどなかったことから、JIS漢字では第2水準までにこの字が採用されていない。そのことが、この字が必要となっても使わないという状況に、拍車を掛けたようだ。
冒頭に示したように、「豆鼓」と、形が似た字で記されるのである。どうしてそのような状況になったのだろうか。人々は、違う字だと意識して代用しているのか、たとえば、パソコンで操作したがきちんと打てなかったために、よく似た字で「代用」しているのだろうか。それとも、形がよく似ているので混淆してしまって、この(鼓の)字だ、と思い込んで用いてしまうのだろうか。
中国でも「豆鼓」と書いてしまう(打ち込んでしまう)ことはある。東北地方の大連から来た留学生は、「豆豉」を知らないと言い、「gu3」(グー)と読んだ。一方、日本では、むしろその「代用」の方が多く使われているようだ。大体の傾向を探るために、WEB上で少し検索を掛けてみると、次のようになった (2008.2.25現在)。
日本語 | 中国語簡体字 | 中国語繁体字 | |
---|---|---|---|
”豆豉” | 約 5,110 件 | 約 2,030,000 件 | 約 134,000 件 |
”豆鼓” | 約 45,500 件 | 約 483,000 件 | 約 29,100 件 |
新聞やチラシなどの広告のたぐいでも、先に挙げたようにそれが非常に目立つようになっている。そうした事象が、さらに次の使用者へと影響を与え、新たな表記の慣習として定着に向かっているかのようだ。
「鼓」は、中国語では「gu3」(グー)、日本では太鼓の「コ」であり、「つづみ」を表す常用漢字である。味噌や納豆の類を表す「豉」とは、たまたま形が似ているだけで、発音も意味も異なり、いわば他人の空似で、全く別の字である。
「豉」は、辞書や教科書などに使われていたために、JISの第3水準に採用されており、ユニコードにも入っている漢字である。そのため、少し気にしてパソコンなどを操作すれば、打ち込むこともできる環境は整ってきている。日本で「豆豉」が挽回する日は近いのだろうか。