漢字の現在

第41回 「都」が変化する意義

筆者:
2009年6月25日

前回示した、京都での「都」の字体の使用状況について、理由を少し考えてみたい。

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「都」は、常用漢字であり、かつ教育用漢字でもあるため、日本中でこの字体をしっかりと習うはずだ。「者」は「土」にある下の「亠」のような部分の右よりの箇所に「ノ」が長く交差するという、やや珍しい形態を持つ。「ナ」に近いともいえるが、「ノ」の起筆は微妙な位置から始まり、しかも長く伸びる。つまり「ノ」という線は一般に書きにくいものなのであろう。それを書きやすしようとした結果、書体によっては、「者」の「ノ」が「一」を挟んで切れて、水面を貫く光線のように、右と左とで離れている、そんな極端な例も見受けられる。それは、伝統的な楷書にも見られるのである。

そうした字体の特性から、この字を用いる人々は、少しでも省力化を目指す。実は中国でも伝統的な隷書や楷書、とくに行書に、写真と同様の「都」の字体が使われることが起こっていた。字体を簡易化すべく図って、この形が筆記で生じ、あるいは歴史的な書写体から選ばれ、日常的によく書く人々の間で継承されたのではなかろうか。この字体であれば、点画が比較的込み入らなくなり、見やすくもあるという利点もある。そういうことから、この字を書く、デザインするということがまた個々に行われる。

それらの経済性と古雅な字体への審美眼、可読性の追求が発端となって、この字体は使用が重ねられ、それが地域の人々の目にもなれ、それを見たものがまた模倣するという影響関係の循環が、この字体を京都で多く呈することの要因ではなかろうか。

「京都」以外の文字列でもやはりそうなっている。サッと書かれた字の写真(下)は、和装ショップ「和都凛衣 縁屋」(わとりえ えんや)である。


「都」という字に限らず、同様な現象は、実は各地に観察することができる。例を挙げると、神奈川県では、「奈」の「大」の部分が「ス」と続けて手書きされることが多い(奈良県でも同様であろうか)。また3字めの「川」も「ツ」のようにさっと書かれがちだ。千葉県でも、「葉」の「世」の部分が「丗」と少し簡略化されて手書きされる傾向が見て取れ、これはデザイン文字にもなっている。

漢字は、これらのように形がその地域に顕著な珍しいものであっても、そもそも文字というものが人々の間で空気や水のように当たり前の存在となっているため、地元の方々は大概こうした現象にむしろ気付きにくくなっている。しかし、文字にも地域に根差した「京訛り」のようなものがあるとすれば、それはかえって歴史豊かな「都」たるゆえんを示してくれているように、私には思える。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』
『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究により、2007年度金田一京助博士記念賞に輝いた笹原宏之先生から、「漢字の現在」について写真などをまじえてご紹介いただきます。