漢字の現在

第76回 「爻」など「マジ」の最先端

筆者:
2010年12月21日

「マジ」という語には、ついに「爻」という漢字まで当てられるようになった。この「コウ」と読み、易の卦(か)を構成する記号(━━ ━)を指し、交錯・まじわることを意味する字は、ケータイなどの変換候補で、初めて見るという者がほとんであろう。しかし、むしろ何だか分からないこの特徴あるシンプルな字こそ、それらしい形だと感じ取れるものとして、若者の一部に受け止められ、心をとららえたようだ。

ケータイメールではこれが実際にやりとりされ、さらにWEBにも送られたり、またWEB上で打ち込まれたりされるようになっている。これには、2003年の使用例も残っていた。情報機器の力が個人表記を位相表記へと押し上げる、そういう時代が到来しているのである。

「マジ」の漢字表記の試みは、この先も、よりしっくりくるニュアンスが求め続けられそうだ。「本命(マジ ルビ)カノ」と広告で使われれば、「本命(マジでヤバイ ルビ)」と手紙で使われることも生じている。「マジ」には、「心底」という表記を思いついた女子学生もいれば、「呪」や「蠱」のほうが自分の感覚に合うという女子学生もいる。広い意味での当て字は、今なお生産性を衰えさせるどころか、新たなより心に適う表現を求めて創造力を漲らせている。

WEBの掲示板などでは、「mjd」で「まじで」と読ませる、ローマ字により子音だけを表記するものも流行っている。ヒエログリフなど古代の表記に通じる手法ともいえそうだが、まずはキーボードによる入力の経済化によるものであり、ここには口頭語の歯切れの良ささえも感じられようか。「mjdsk」で「まじですか」もまた、用いられている。

ケータイでは、「まじで」と打てば、「(目の絵文字)(!?の絵文字)」、「(太陽の絵文字)。(太陽の絵文字)」、「(汗の絵文字)(!!の絵文字)」などと、絵文字交じりの候補が表示される機種さえも現れた。

ここまで縷々述べてきた「マジ」の表記の動向に関して振り返ってみれば、「真面目」という表記だって、もとは頼りない存在であった。それが一人一人によって使われ続け、200年以上の歳月を掛け、やっとこのたび「改定常用漢字表」(11月30日)に採用されたばかりのものであった。

そうして考えた時に、これらの「マジ」の漢字表記は、単なる徒花なのであろうか。まだ「マジ」という語の与える印象は正式な表現という感覚が薄い(私も位相語だととらえている)。

同時代人というものは、今となっては歴史的な貴重な発言者だが、文字に関しては一概にそうとは言えないことは、現在、話を聞いたり調べごとをしたりするにつけ、しばしば痛感するところだ。

これらの表記の意義と行方については、また50年後、あるいは100年後、200年後の人たちに、明らかにしてもらいたい。そういう時にも、古書店や図書館などにはあるであろう『当て字・当て読み 漢字表現辞典』が一つの素材となればと願っている。「まじめ」と「まじ」の話だけで、連載も10回を超えてしまった。続けて、当て字・当て読みのたぐいに関して、種々のトピックを紹介していきたい。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』
『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究により、2007年度金田一京助博士記念賞に輝いた笹原宏之先生から、「漢字の現在」について写真などをまじえてご紹介いただきます。


ついに『当て字・当て読み 漢字表現辞典』が刊行されました! その奥深さを、ほんのちょっと教えていただきたいと編集部がリクエストし、今回、笹原先生に「漢字の現在」の特別編としてご執筆いただくこととなりました。まさに“漢字の現在”を映し出す『当て字・当て読み 漢字表現辞典』について、数回にわたって、その内容のご紹介や本文におさめきれなかった情報をつづっていただきます。