お土産として頂いた菓子には、紙の箱に、
寧源
と筆字で書かれている。グエンニンと読む。やはりどことなくベトナム風の筆跡だ。右から書く横書きからは、伝統を感じ取ることができそうだ。
鮮やかな緑色の、ベトナムの香りのする甘い和菓子のような洋菓子のようなクリームアンコ入りの餅である。子供と遊んだ紙粘土のような色とにおいを思い出してしまったが、一つはおいしくご馳走になった。
帰国後に立ち寄った大学の事務室の机上にも、別の方からお土産として、同じ物がまた2つ置いてあったのには目を疑った。賞味期限が短く、人気のお土産なのだろう。中には、チュノムを書いた包装を持つお菓子もベトナムにはあるそうだ。
グエンニンの漢字はローマ字とセットになって記されている。振り仮名としてローマ字があるのではなく、皆が読めるローマ字の近くに、難しい漢字が添えられている。度重なる戦争などを経た歴史をもつ菓子であるために漢字表記を持ち、またそれを印刷することでその伝統を暗示する効果があり、それによる信頼感も与えているというのが現在の実際の位置なのであろう。このようなものは「添え漢字」と読んでおくことができよう。
台湾の会社が販売している菓子も、ハノイの土産として頂いた。鮮やかな色合いの箱を少し眺めてみた。「蛋白質」、これは日本と違ってこの表記となっているのは当然だが、「たんぱく質」「たん白質」を見慣れた目には、やや新鮮に感じられる。
また、「明玉金龍」のように、台湾らしく、繁体字が基本だ。
細かくは、植物の「植」の「L」は「一」、「目」の「||」は下に伸びて付くようになっている。
しかし、なぜか「越南第一産(簡体字)品」「緑(簡体字)豆糕」のほか、「伝」「龍」「餅」「陽」などは簡体字となっている。こういうのを、繁簡よろしきを得ずというわけではなかろうが、おおらかなところがベトナム、あるいは同じく南方の台湾らしい。
そして、「質」が「貭」という異体字となって筆字風書体で印刷されている。字体には余りというかほとんどこだわりがないようだ。それは、歴代の版本だけでなく、辞書やISO規格のフォントなどからもうかがえる。
さらに、写真の器に記された「壽」の異体字と「萬」という字が左右逆に印刷されている。これは、写真をデザインの都合から反転させた結果でなかろうか。つまり、漢字をよく読めない人が、反転させてしまったものではないだろうか。色々な考えどころに満ちたケースだ。
また、土産には、薄皮が残ったピーナツをたくさん頂いた。皮にバターのような味と香りが付いていて、それをほどよく残しながら食べると、香ばしくておいしい。ベトナムの人も、イタリアンだって食べるし中華も食べる。そういういわば雑食性も日本的だ。ベトナムは、地理的にはタイ国とも近いが、食事があっさりしていて食べやすく、味覚もまた日本人と似たところがある。日本ではヘルシー志向と相まって人気が出てきたのがベトナム料理である。とくに麺のフォーは、日本人の口によく合った。
箸を使うのは、漢字圏に共通している。竹か木のもの、大人用でもプラスチックのものも使われている。箸でtrợのほかに、đũaと訓読みされることがあった。先が多少は細くなっていて、使いやすく日本と似ている。中国でも箸などが一式ビニールに包装されてセットになっているものが衛生的と人気だが、ベトナムでは割りばしのようにビニールに収まっているものもレストランでは出てきて、より日本ぽい。似ていて違うものは、概して興味を引くものだが、元々が一つだったのに、次第に差を生じたものはもっと面白い。
以前、韓国人留学生に、韓国の箸は重いのでは、と振ってみたところ、日本の木の箸は軽くて使いづらいとの返事だった。なるほど、両班(ヤンバン)は箸より重いものは持たぬ、などと聞くが、そこそこ重いもので、昔の糸で綴じた韓本はまだ軽い方だったのかもしれない。王が毒殺を箸の変色で察知できるように素材が鉄となった、その名残だとのもっともらしい話も聞く。歴史や習慣とはそういう相対性の高いものであることを踏まえて、異文化をきちんととらえなければいけないのだろう。