漢字の現在

第121回 『漢字の現在』単行本化と画数の多い漢字

筆者:
2011年8月16日

間もなく上梓する単行本には、周到な索引も、編集の方のご尽力により付けることができた。

昨年刊行した『当て字・当て読み 漢字表現辞典』では、紙幅の関係もあって叶わなかったことだが、今回は、本文に登場する主要漢字について、画引き索引まで付すことができた。画数順に並べられたそれらの漢字の中で、30画以上の漢字が12字にのぼる。そして50画以上の漢字、それも文字を書く営みの中で用いられるなど実例をもつ字が8字に達した。

主要項目索引

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【主要項目索引】

世上では、より画数の多い、「雷」の古字で「田」や「回」をいくつも組み合わせた字もあるという話も見かけるが、元を正せば、ネット上などで、「雷」4つの字に対して、「雷」の古文を仮に代入してみただけの試作品だった、なんてことではないだろうか。そういう来歴や文脈を確かめにくい例は、文字としての面白味に欠け、その気になれば無限に、何とでも作ることができる。

なお、「雷」を3つも4つも書く字は、蜀の語として宋代から記録されており、そのうち3つ重ねた字は、中国語のWEBページにおいて、「雷」(おどろきを現す)の強調形として、生活上で復活を遂げている。手書きの時代には想像すらできなかった事象である。

画数の多い漢字といえば、すでに岩波新書などに、「龍」4つの漢字、「興」4つの漢字や「鏡」4つの国字(個人文字)などについても記してみた。そうした文字と合わせれば、50画以上の漢字はすでに10字を軽く超えている。もちろん、手元にはまだほかにも見つけたものが複数あるので、整理でき次第さらにどんどん紹介していきたい。当て字についてお話しすることになっている今月の「もじもじカフェ」でも、こうしたことにも言及できればと思っている。

5万字を載せる『大漢和辞典』では、50画以上の漢字は3字だが、この索引はそれを遥かに凌ぎ、漢字の視覚的にもたらす一種の壮観さも感じられるであろう。これらを扱ったのは、決して耳目を驚かすことが目的ではない。

私も、小学生のときだったかに見聞きし、漢字の深淵を垣間見ることになった64画の2字こそが画数が最も多い漢字だという、辞書の閉じた世界での「常識」が世の中にかなり浸透している。そういう情報に対する一つの問いかけであり、漢字にまつわる「神話」の一つへの挑戦でもある。

3年間以上にわたるこの連載には示せなかった点を、たくさん加えることができたその1冊を、手にとってご高覧頂ければ幸いである。そして、漢字などの文字やそれが表すことばについて、歴史上の当事者の一人として一緒に観察し、考察してくださったことを、さらにお教えいただけるならば、それはもう筆者として冥利に尽きる僥倖である。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』
『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

このサイトにて連載中の「漢字の現在」が、ついに、書籍になります。

書籍化にあたっては、連載を再構成のうえ加筆・修正をほどこし、それは、まさに日本の「漢字の現在」を映し出す一冊となりました。

発売は8月23日。これを記念し、笹原先生にひとことお寄せいただきました。