日本語社会 のぞきキャラくり

第59回 私が気になるニュース

筆者:
2009年10月4日

 泥酔した大阪府警×××の男性巡査長(××)が、21日夜、電車内で下半身を露出し、公然わいせつの疑いで現行犯逮捕されていたことが22日わかった。(中略)市営地下鉄によると、×××線の×××駅に電車(10両編成)が到着し、前から6両目から降りてきた乗客が駅員に「出しとるのがおる」と通報、駅員が下半身を露出したまま眠っていた巡査長を取り押さえ、……

[『日刊スポーツ』2009年8月23日(日)29面]

私はこういうニュースが気になる。それは今に始まったことではない。次に挙げるのは20年ほど前にメモしたニュースである。

 名古屋市守山区の古美術商宅で昨年十二月白昼、主婦がナイフを持った男に現金約二万三千円を奪われた事件で、愛知県警捜査一課と守山署は一日、当時現場近くに住んでいた×××(××)を強盗の疑いで逮捕した。×××はオーストラリアへ新婚旅行に行く直前で、旅行業者に払う金が不足していたため焦っていた。
 調べでは×××は十二月十九日午後一時五分ごろ、×××、古美術商、×××さん(××)方に侵入、居間でテレビを見ていた妻×××さん(××)に果物ナイフを突きつけ「お金をちょうだい。僕、お金ないと自殺しないかんで」などと妙なせりふで脅迫、現金約二万三千円を奪い逃げた疑い。

[『毎日新聞』(関西版)1989年2月2日(木)朝刊23面]

こういうニュースのどこがどう気になるのか? と言えば、もちろん犯罪内容の珍妙さにも心惹かれるが、やはり「方言の直接引用」という報道のされ方である。

これらのニュースは新聞で報道されただけでなく、きっとテレビでも報道されたに違いない。アナウンサーは、一体どんな顔をして「出しとるのがおる」と大阪弁をしゃべり、「お金をちょうだい。僕、お金ないと自殺しないかんで」と名古屋弁をしゃべったのか。

いや、テレビは「乗客の通報を受け」「自殺をほのめかして金を要求」などと、間接引用に逃げたかもしれない。しかしそれならなぜ、新聞は方言を直接引用したのか。「この手のニュースは直接引用でリアルに報道する方が、珍妙さが効果的に伝わるから」という理由で新聞が方言の直接引用に踏み切ったのなら、テレビ局だって同じ理由で直接引用の台本を用意したかもしれない。そうなればアナウンサーはそれを読むしかない。では、アナウンサーは一体どんな調子で……と、こういう具合に気になるのである。

 

「すべての人は自分の言語で神に祈る。神はすべての言語を理解する」と言ったのはジョン・コルトレーンだったか、誰だったか。たしかにそのとおりだろう。だが、私たちの『神』は共通語しかしゃべってはいけない。

天から、おごそかな声が「行くがよい」と響いてくるのはいいが、大阪弁で「行ったらええ」と聞こえてきたら、もうそれは『神』かどうか、かなりあやしそうである。また、「行くがよい」と告げた後、帰国子女のために「ゴー」なんて急いで英語で言い添えるのも全然『神』っぽくない。「格」の高いキャラクタは日本語共通語しかしゃべれない。

新聞記事の見えない書き手と違って、声や身体を私たちに晒しているアナウンサーには、人物像つまりキャラクタがイメージしやすいのではないか。そして、『神』ほどではないにせよ、いつも落ち着き払って感情を出さず、皆が知らない正しいことしか言わないアナウンサーは、キャラクタの格がけっこう高いのではないだろうか。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。