漢字の現在

第141回 中2世代の「02娘01」

筆者:
2011年11月1日

先日、女子の大学生が、横書きの文章は読むが、「縦書きは読まない!」と、クラスの男子に断言していた。そう言い切っていたのが耳に残った。そういえば国語系の科目名や内容をもつ講義でも、ノートは横書き派が優勢となってきた。中学くらいまでと違って、国語用のノートも特に売ってはいない。パソコン画面の影響も強いのだろう。

アラビア数字が漢数字になる、ローマ字が90度横転する、長音符「ー」や引用符「“ ”」の向きや形が変わる、句読点「、」「。」や拗促音符「っゃゅょ」などの位置が変わる、そして「事」のはね方など書風、字形、そして「歳」のように字種・字体もこうして変わることがあるという事実は知っていた。書字方向にまで多様性と意味・雰囲気付けがなされる、さすが日本だと思っていた。しかし、その守旧的、復古的ともいえる努力が、これからを担う若い世代の読者を遠ざけるどころか、避けさせることまであるとは、気付かなかった。

中学生の話に戻ろう。

「本気と書いて?」

「マジ」と、教室のところどころから声が上がる。こうなると男子が元気だ。漫画で見たから知っているという。「まじ」に「本気」という表記も、国語辞書に載せてほしいと言う。そうかな、と手を挙げてもらうと、けっこうな数になる(1/5くらい)。面白くなってきたようで、隣の子にも手を挙げるように、突っついてけしかけている。私の責任で、『当て字・当て読み 漢字表現辞典』に(出典付きで)載せたことは当然だが、語が集団語(位相語)であり、それも集団表記(位相表記)であり、しかも私的な場面に局限された表記(場面的な位相表記)なので、まだ一般の辞書に載せるのは難しそうだ。

「本気」に「バカ」と書いたのは、馬鹿力との混淆か、漫画の「桜木」と書いて、との混同によるものだろうか。

「秋桜」と書いて、コスモスという読みは、山口百恵のヒット曲で一気に広まったものだが、『新明解国語辞典』には、第7版への改訂よりも前から、すでに載せられていた。これも、「あきざくら」や「シュウオウ」という古風な読みではなく、「コスモス」と読める生徒が多い。20名くらいが声を挙げただろうか。義務教育にある現代のこの子たちは、いったい、これをどこで知ったのだろう。国語の教科書で見たという学生も案外いるので、教室にまで浸透している可能性がある。


さらに、集団表記に入っていく。「2コ1」(にこいち)を、知っている人、使ったことがある人と聞くと、女子に限られていく。1/3くらいが挙手する。二人で一つという意、仲良しの別名で、やはり彼女たちの位相語であり、位相表記だ。手書きでは「コ」は一筆書きだ。受験に備えて、「ユ」とはっきりと区別が付くように、学校で、そう書きなさいと指導されたという学生もいた。

表記では、「2個1」もいるがどこか味気ない。

 「2仔1」
  「2子1」
  「2co1」
  「二個一」

とバリエーションが出る。グループごとに変異が生じているのだろうか。中には、

 「
  「
  「
  「
  「
  「」etc…

といくつも列記してくれた女子もいた。観察眼がかなり鋭そうだ。「0」に斜線「/」を入れることは、2乗マークの進化形「02」をパソコンの一部の画面のように「」と手書きすることと共通している。

 「2姫1」

と書いた女子もいた。「姫」の音読みは「キ」だが、意味からヒメのような「こ」ということで読ませているのだろう。当て字、裏返すと広い意味での当て読みとも言えよう。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』
『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。