(その2から続く)
「コルサージュ」は早く削ってもよかった?
見坊:『三省堂国語辞典』から消えた項目の中で、「この言葉はもっと早い版で削ってもよかったのではないか」と思った項目というのは、それほどなかったですね。
飯間:ここはご遠慮なく、率直に指摘していただきたいんですが(笑)。
見坊:そうおっしゃいましても(笑)。ただ、たとえば服飾関係の項目はどうでしょう。「コルサージュ」(女性用の胴着。p.88)、「スリーマー」(女性用の少し長めの肌着。p.119)なんかは最新版の第八版で削除されましたが、これらの言葉がいつ頃まで一般的だったのか、私にはなかなかピンと来ません。
飯間:「コルサージュ」も「スリーマー」も1950年代、60年代頃までは比較的使われたと思います。お祖父さま(見坊豪紀先生)は戦前の岩波文庫から「コルサージュ」の例を採集されていますね。でも、21世紀の『三省堂国語辞典』にふさわしいかと言われれば疑問です。
見坊:巻末には「シャツドレス」(「索引」p.14)というのも挙げておきました。
飯間:これも第八版で削除したんです。上部がワイシャツ風の女性服ということで、1960年代から70年代によく使われた言い方です。今でもまだ使われますが、むしろ「シャツワンピース(シャツワンピ)」が普通ですね。それなら、その項目の中で「シャツドレス」も説明すればいいと考えました。このように「もっと早い版で削ってもよかった」という項目はほかにもあるんですが、とっさに出てきません。
見坊:思い出されたら、ぜひ伺いたいです。
載せきれなかった項目を「索引」に
飯間:では、見坊さんご自身が「今回の辞典に載せておきたかったけれども、泣く泣く掲載をあきらめた」という言葉はありますか。
見坊:それはたくさんあります。最初に第1次候補・第2次候補のような感じで多くの候補をリストアップしたんですが、最終的に1,000項目に絞らなければいけなかったので。
飯間:今回の1,000項目は、無理やり水増しして膨らませたわけではなくて、逆に、絞りに絞って1,000項目にしたということですね。そのことだけでも作業の大変さが推察されます。
見坊:恐れ入ります。今回本文に載せた項目は、『三省堂国語辞典』の最近の版、第七版(2014年)や第八版(2022年)で消えたものが多めです。それ以外の、特に『明解国語辞典』改訂版(1952年)や『三省堂国語辞典』初版(1960年)など古い版で消えた項目のうち、本文に載せきれなかったものは、巻末の索引に回しています。
飯間:そう言えば、この索引は、タイトルが「版数別 削除項目(抄)」となっていますね。
見坊:はい。「抄」とあるように、削除語の全部ではまったくないんですが、相当数を入れました。惜しくも本文入りは逃したけれども……という二軍選手みたいな言葉が、索引の方に載っているわけです。それらの語にも興味が湧いたら、古い版にあたっていただくといいかなと。お楽しみが残っていますよ、ということです(笑)。
「マツダ」の項目で遊んでみる
飯間:われながらうかつな話ですが、最初、これは単なる索引だと思っていました。でも、普通の索引と違って、ノンブル(ページ番号)を振っていない言葉がたくさんあるんですね。
見坊:ノンブルがない言葉は、『消えたことば辞典』の本文には掲載されていないということです。ただ、その項目がその版で削除されたことを伝えたいので、索引に見出し語だけは載せています。ノンブルがない言葉は本文と同数の1,000語あります。つまり、索引には合計2,000語が入っているわけです。
飯間:『消えたことば辞典』が「1,000語を収録している」と思ったのは認識不足であって、実際は2,000語のリストを擁する大変な資料だった。そこに気づいて、改めて感嘆しました。
見坊:ありがとうございます。
飯間:この索引に見出しだけある言葉を見ると、何だかよくわからないものもありますね。たとえば『明解国語辞典』改訂版で削除された言葉に「マツダ」(「索引」p.2)というのがあります。「マツダ」って何ですか?
見坊:これは「アフラ・マズダ」のことです。
飯間:ああ、神様ですか。「善神アフラ・マズダと悪神アーリマン」と世界史で習いました。
見坊:『明解国語辞典』の「マツダ」の語釈には「ゾロアスタア教の主神。光明を掌る」と書いてあります。
飯間:昔は「アフラ・マズダ」とも「アフラ・マツダ」とも言ったんでしょうね。それにしても、「マツダ」だけで項目を立てたというのは不思議ですね。
見坊:ちょっと調べた範囲では、商品名に使われる名前だったようですね。昔「マツダランプ」という白熱電球があり、日本では東芝の前身の会社が販売していました。それから、三輪トラック「マツダ号」というのもありました。こちらは現在のマツダが製造した自動車です。どちらもアフラ・マズダにちなんでいるようです。
飯間:そうか。「マツダランプ」なら誰もが知っていたでしょうね。今、手元の『コンサイスカタカナ語辞典』第5版を見ると、「マツダランプ」の項目に「古代ペルシアの光の神アフラ‐マツダにちなむ命名」とあります。「マツダランプ」の「マツダ」って何だろうと思った人が『明解国語辞典』を見る。そして由来を知る。そういう流れを想定していたのかもしれません。
見坊:見坊豪紀は『明解国語辞典』初版で「マツダ」を独自に載せたんですが、すぐに考え直して、改訂版では削ってしまうんです。
飯間:「アフラ・マツダ」でなく「マツダ」の形で載せるのはおかしいとお考えになったのか、それともゾロアスター教の神様まで載せる必要はないと判断されたのか。お祖父さまの意図はちょっとわかりませんね。
見坊:……と、このように索引をじっくり読んでいただくと、色々と楽しめるはずです(笑)。
飯間:そう、これはもう遊べますよね。
「ドレメ」がすぐに削除されたわけ
飯間:せっかくですから、索引でもう1つノンブルがない言葉を見てみましょう。「ドレメ」(「索引」p.6)も面白いですね。「ドレスメーカー」の略でしょう。『三省堂国語辞典』第二版で削除されています。
見坊:『明解国語辞典』改訂版から受け継がれた項目ですね。『三省堂国語辞典』初版で「ドレスメーカー」の項目を見ると、「婦人・子供服を仕立てる洋裁師」とあり、職業の名前だとわかります。「ドレスメーカー」自体は現在の第八版にも載っていますね。
飯間:「ドレスメーカー」も1950年代、60年代あたりまでの雰囲気の言葉ではあります。ただ、「テーラー」(主に男性の服を仕立てる人)の反対語なのと、東京の「ドレスメーカー学院」が全国に系列校を持っているので残しました。略称としては、今でも「ドレメ学院」と言うでしょうね。
見坊:(その場でネット検索して)言いますね。ドレスメーカー学院のウェブサイトに「ドレメの歩み」などとあるし、学院の近くには「ドレメ通り」もあるみたいです。
飯間:「ドレメ」は、以前はもっと普通に使う言葉でした。私の手元の資料では、たとえば『ふらんす』という雑誌の1955年1月号に「ドレメの生徒」「ドレメのお嬢さん」と、注釈なく出てきます。ただ、多くの例は「ドレスメーカー学院」の略称で、単に「ドレスメーカー」の略称として使う例は昔も少なかったようです。
見坊:「ドレメ」が早い版で削除されたのは、そのためかもしれませんね。
飯間:こういった面白い言葉が、『消えたことば辞典』の本文以外にも多くリストアップされていることがわかりました。この索引がただの索引ではないということは強調しておきたいですね。
見坊:今では国立国会図書館のデジタルコレクションが非常に拡充されて、古い時代の書籍や雑誌、官報などが自宅からでもかなり自由に読めるようになりました。削除された言葉が当時どういう使われ方をしていたかは、国会図書館のデジコレなどでもわかる部分が少なくないと思います。
飯間:『三省堂国語辞典』の初版も、個人向けの送信サービスというのに登録すれば見られますね。
見坊:今や貴重本ですから、非常にありがたいです。『消えたことば辞典』の索引で気になる言葉があったら、そういったデジタル資料も併用して見ていただきたいです。往時をしのびながら実際の文脈で言葉を楽しむことができます。
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