『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』出版記念対談

『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』出版記念対談 その5

2023年5月26日

その4から続く)

 

飯間:これまで長く話してきましたが、『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』のアピールポイントをまだ網羅できていない気がしますね。

見坊:見ていただきたい部分はたくさんありますので(笑)。まず、本書の帯には、ぜひ引いてみてほしい見出し語をリストアップしました。また、本文中には、詳しい説明をつけた「大項目」が15語あります。元の辞書から転載した紙面を大きく掲載して、イラストも添えたので、パラパラめくるだけですぐ見つかります。

 

伝統に支えられた「デザインの妙」

飯間:私はこの辞典を開いた時の版面が非常に美しいと思いました。元の版をそのまま版下にして見せる方法が、刊行当時の雰囲気をリアルに伝えています。

見坊:古い言葉を扱う辞書風の本は既にいろいろあるのですが、今回は読みものというよりは、あくまで辞書としての体裁も大事にしたいというコンセプトがありました。もともとコンパクトにまとまっている辞書の紙面を活かすために、旧版の画像をそのまま使うということが、企画の序盤で決まりました。

飯間:古い活字と新しいフォントが同居しているので、時代の流れが感じられますね。

見坊:活字のかすれたような感じが実に愛らしいんです。そこにデジタルで組まれた、くっきりとした紙面が隣り合って、いろんな時代の言葉が入り混じっていることが視覚的にも表れています。

飯間:元にした辞書の紙面を切り貼りしているのでしょうか。

見坊:プロフェッショナルの方々による手の込んだ編集工程を経ています。技術的な話になりますが、高精細のスキャナーで必要なところを全部撮っていただいた上で、縦幅がそろうようサイズが調整されます。さらに、追い込み項目は一部をグレーアウトし、途中の行は省いて合成し、また、項目間のアキを調整して、ページのお尻がそろうようにしています。

飯間:その見えない苦労のおかげで、古いものと新しいものが 同居しながら、きわめて整ったデザインになっています。

見坊:『三省堂国語辞典』『明解国語辞典』の紙面デザインは、過去の伝統を受け継ぎながら改良を加えてきました。そのために、本書でもうまく調和が取れた形に収まったのではないでしょうか。伝統に支えられたデザインの妙だと思います。

飯間:デザインをあれこれ変えず、昔から一本筋を通したのがよかったんですね。

見坊:三省堂はフォントも自社製ですよね(編集部注:『明解国語辞典』は5.5ポイントの漢字活字を新刻して印刷した。雪朱里『「書体」が生まれる』参照)。デザインに対する哲学がずっと引き継がれていることも、本書で明らかになったのではないでしょうか。

 

「萌え国」さんの親しみやすいイラスト

飯間:忘れてならないのが、あの「萌える国語辞典。」(萌え国)さんがイラストを描いてくださっていることです。ここはぜひ強調したいところです。萌え国さんのご紹介をお願いできますか。

見坊:お名前の示す通り辞書ファンで、辞書にまつわるイラストなどをインスタグラムでたくさん発表されています。企画段階で本書には挿絵が欲しいという話が出て、萌え国さんのお名前がすぐに挙がりました。本書のテイストに非常によく合った、真面目とカジュアルの中間、あるいは新しさと古さとの中間で、いいとこどりの可愛くて楽しいイラストをたくさん描いていただきました。今、本書をパラパラめくっていても、萌え国さんのお力で紙面がぐっと親しみやすくなっているのを感じます。

飯間:正確性と親しみやすさを兼ね備えたイラストですね。私も以前から萌え国さんの絵のファンなんですが、本書を最初見たときは、うかつにも気づかず、ただ「いい絵だな、表情がいいな」と思いながら見ていました。で、「待てよ」と思って作者のお名前を確認して、大いに納得したわけです。大項目の「ワードハンティング」(p.237-239)の絵も描いてくださっていますね。

見坊:どこかで見たような人たちが、街角で言葉を採集しているところですね(笑)。

飯間:お年を召した先生の横に、若輩の人物が付き従っているという(笑)。こうやって2人で「ワードハンティング」ができたら楽しいだろうなと思いながら拝見しました。

見坊:そう言っていただけて何よりです。見坊豪紀と飯間先生を思わせるような人物が描いてありますが、私のリクエストです。

飯間:夢の共演を実現していただき、とてもうれしいです。

 

ゲージでわかる項目の出入り

見坊:ほかに大項目での見どころと言えば、「赤外線通信」(p.121-123)はどうでしょう。第七版だけに掲載された項目です。

飯間:これも1ページ以上とって詳しく説明していますね。ガラケーのユーザー同士がお互いに端末を近づけ合って、赤外線通信でアドレスを伝え合っていた時期がありました。この言葉は、世代ではない人にとっては何のこっちゃという感じでしょう。

見坊:一見、普通の言葉のように思われますね。赤外線で通信してれば全部「赤外線通信」じゃないかと。ところが『三省堂国語辞典』第七版に載った「赤外線通信」というのは、非常に限定された、おっしゃるような通信機能の意味だけが取り上げられていたんですね。『E.T.』で指を伸ばすみたいにして赤外線を飛ばす様子がイラストでもわかるようになっています。

飯間:これは本当に特定の世代にしかわからないという気がします。たとえば年配の世代だと、その機能を使っていなかった人もいるでしょう。

見坊:逆に若い世代になるともうガラケー自体を使っていないでしょうね。

飯間:「赤外線通信」が一般化した時期には、『三省堂国語辞典』はそれを現代語として掲載しましたが、モノがなくなり、話題にも出なくなってくると、「現代語ではない」と見なして、やむなく消すわけです。読者は、自分の世代の「消された言葉」を本書の中に見つけて懐かしむことになるでしょう。

見坊:その言葉がいつ頃使われていたかは、『三省堂国語辞典』に掲載されていた時期が一つの目安になります。そこで、掲載時期を知るには、紙面の上の方にある「ゲージ」を見てほしいんです。上の方が古い版、下の方が新しい版で、太くなっている部分がその項目が掲載された版です。パラパラめくって、見たい時代が太線になっている言葉を拾い読みする、なんて楽しみ方もできます。

飯間:このゲージは見坊さんの発案だそうですが、1回載ってすぐに消えた言葉もすぐにわかります。「赤外線通信」のほかには、たとえば帯で紹介されている「熱蔵庫」(p.167)。「冷蔵庫」の反対のようなものがあったんですが、これは1回載ったけれどもすぐに消えてしまった。ちょっと微笑を誘われますね。あるいは、一度落選してまた何年か経ってから出てくる、「紅白歌合戦」の復活組の歌手みたいな言葉もありますね。

見坊:「国民学校」(p.84)、「代用食」(p.131)などは華麗にカムバックしています。後者のように意味が変わったり別の意味が生じたりしている場合もあります。そういった時代ごとの出入りはこのゲージで一目瞭然です。

 

飯間先生が注目する「消えたことば」

飯間:大項目で私が注意を引かれたのは、たとえば「ながら族」(p.156-157)。ガリ勉君っぽい人が描かれていますね。ラジオなどを聴きながら勉強したりすることですが、1980年代に学生生活を送った私にとっては当たり前の言葉でした。でも、第六版を編纂していた時期、「一つの項目として掲載する必要はないのでは」と気づいて削った覚えがあります。

見坊:解説にも書きましたが、「ながら族」は「ながら」の項目で用例として生き残っていますね。最新の第八版では「一九五〇年代末~六〇年代に広まったことば」という年代情報まで書いてあります。見出し語にはなっていないので、本書で削除語として取り上げているんですけれども、実際には項目に準ずる扱いを受けている、「載っている」と「消えている」の中間段階があるわけです。

飯間:「ながら族」は「ながら○○」という言い方の元祖として例示したかったんです。ただ、歴史的な言葉になりつつありますね。私が集めたものでは、たとえば尾崎一雄の小説「退職の願い」(1964年)で、「お父さんだってながら族だ」という子どもの台詞があります。主人公は「うんそうか。この頃(=最近)そんな言葉があったな」と答えます。こういう文章を読むと、古い感じがします。

見坊:「ながら○○」ということば自体は、今でも「ながらスマホ」みたいに造語を作ることができ、かなり近い形で生き残っています。ただ、「ながら族」は「族」がいかにも古いですね。

飯間:前に話題に出た「先端的」も、「先端的研究」なら現代語だけど、「尖端的女性」だと古い感じがするとか、言葉が新しいか古いかというのは微妙なところがあります。実際の例をよく検討して判断しなければなりませんね。

見坊:その辺を見極めながら改訂していくというのは、本当に大変なことだろうなと推察いたします。

 

言葉に「ご退場願おう」となる時

飯間:見坊さんは、『三省堂国語辞典』の削除項目を見て、「あれ、これ普通の言葉なのに削ったのか」と思われたことはありませんか。

見坊:たとえば「カチューム」(p.47-48)ですかね。

飯間:ああ、脚注で叱られてしまいましたね。「あっさり削除しすぎではないか」と。

見坊:すみません(笑)。「カチューム」は「カチューシャのように見える、ゴムでとめるヘアバンド」で、第七版で載せてそれ限りで消えちゃっています。でもモノとしてはまだありますし、着けている人もいる。そんなに慌てて消さなきゃいけなかったんですか? と率直なところ思いました。

飯間:他のファッションアイテムとのバランスからすると、ことさら残さなくてもいいと判断したんです。ここは判断が難しいんですけれども、「その言葉が一切使われなくならない限り削らない」と考えると、かなり苦しくなります。

見坊:「一切」だと、おそらく項目を消せなくなってしまいますよね。程度問題でしょうか。

飯間:まだ使われてるし、知ってる人もいるんだけれども、「ほかの言葉を入れるためにこの言葉を削ろう」という場合もあります。「カチューム」は第七版で「二〇一〇年から流行」と書いていますが、残念ながらご退場願おうということになりました。

見坊:「レーザーディスク(LD)」(p.231-232)や「MO」(p.33-34)、「MD」(p.34-36)なども、好事家たちの間では愛好されていることもありますが、消えていますね。第七版が編集されている時期はLDやMOが現役だったはずなので、傍目には急いで消している印象を受けます。

飯間:今まで普通に使っていた言葉だったけれども、「『三省堂国語辞典』の項目としては、なんか違和感が強くなったな」と気づく時があるんです。人間にそっくりなロボットも、そのそっくり度によっては「なんか違う」と感じる「不気味の谷」というのがありますね。ちょうどそれと同じく、ある項目に違和感が出始める。そこで、その言葉にロックオン(注目)します。その後どうなるかと見ていると、どんどん使われなくなってくる。「この状況ならば、そろそろ削ろうか」という判断になるんです。

見坊:その感覚は、常に言葉を観察しているプロならではのものですね。

飯間:代わりに、もっと今を表す言葉を載せたい気持ちがあるんです。記録媒体なんかは栄枯盛衰が激しいので、少し前の、あまり使われなくなってきた媒体を載せるよりは、今の最新のメディアを載せたい。ただ、古い媒体であっても、「フロッピーディスク」「レコード」などは、いろいろな文章にいまだに出てきます。それだけ使われた期間が長かったということですね。そういう言葉は削っていません。

見坊:つまり、モノとして消えていても、現代語としてはまだ消えていないならば、項目も削らず残すと。

飯間:「レコード」の場合、第八版でも②として録音媒体の意味を残しているし、「こわれたレコードのように同じ話をくり返す」という用例も加えたりして、かえって詳しく説明しています。

見坊:本書でも、そのように生き残る言葉については、大項目「MD」の中で触れました。「レコード」「カセットテープ」も例に挙げています。一度デファクトスタンダード(事実上の標準)になると、比喩表現などの派生も生まれて、言語の方にも根付きます。辞書でも消えずに残るというのはよくわかります。「フロッピーディスク」は第七版で「昔のコンピューターで」という説明がついて、まだ残っていますね。

飯間:現在でもWordだのExcelだのの保存アイコンはフロッピーの絵ですね。あの絵を説明するためには「フロッピーディスク」という言葉が必要です。おっしゃるように、一度デファクトスタンダードになったものは強いですね。本体を見かけなくなっても言葉は残ります。

見坊:「MO」「MD」「レーザーディスク」あたりが言語生活に占める地位は、確かに「フロッピーディスク」や「レコード」より一段下になることは否めません。

飯間:開発した技術者の方々には最大の敬意を払いつつ、残念ながら項目は削るということなんです。

 

対談の最後にお伝えしたいこと

飯間:そろそろまとめに入りましょう。読者が『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』をご覧になれば、ご自分の昔を思い出すような懐かしい言葉があふれています。苦渋の決断で辞書から削除された言葉たちが、見坊さんたちの努力によって、懐かしい雰囲気ごと本書に引っ越してきました。一語一語の歴史を感じながら、どうぞごゆっくりお楽しみください。こんなところでどうでしょう。

見坊:まるで昭和のテレビ番組の締めのようなお言葉を頂戴しました(笑)。

飯間:『消えたことば辞典』は簡単に消費してほしくない辞書だと思うんですよ。

見坊:興味本位で読んで、消費していただいてもいいんです(笑)。 いいんですけど、ただ、本書はあくまで『三省堂国語辞典』で消えた言葉のリストです。その言葉を『大辞林』や『広辞苑』あるいは他の辞書を見ると現役で載っていることもよくあります。その時に「なんでこの辞書は消したのに別の辞書には残ってるのかな?」と、そういった差分について考えていただけると楽しいと思います。そのヒントになるよう、『消えたことば辞典』の大項目や序文やコラムなどに、消えた理由や残っている理由を考えるための材料を詰め込みました。そして願わくは、「自分の言葉はどうやって使っていこうか」「どういう言葉を使うのが自分にとって良いのか」ということにも、思いをはせてくださると著者冥利に尽きます。

飯間:著者からも、すばらしい挨拶をいただきました。

見坊:本書はTwitterなどでの「『三省堂国語辞典』から消えたことばだけを集めた本が読みたい! あったら買うのに!」という熱い声を受けて企画されたものです。企画のきっかけになった声を上げてくださった方々にもご満足いただける出来ばえだと自負しております。

飯間:そうそう、「消えたことば辞典」のLINEスタンプも4月1日に発売されましたね。普通の言葉ではないかもしれませんが、たとえば会話に詰まったときなどに使ってはどうでしょう。ビートたけしさんが何の脈絡もなく「コマネチ」と言うような感じで。

見坊:友人から「フラれちゃったよ……」とLINEが来たら「ミゼラブル」のスタンプを送るとか。相談に乗ったら「益友」のスタンプが返ってくるとか。わたし的には使いやすいと思うんですけど(笑)。このスタンプからその言葉が逆にまた使われるようになって、いつの日にか『三省堂国語辞典』第九版に載ったりしたら楽しいですね。マッチポンプ感があるかもしれませんが(笑)。

最後まで読んでくださりありがとうございました! 編集のため泣く泣くカットしたお話もたくさんありますが、皆様にはお手元の『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』にて、引き続きお楽しみいただけますと嬉しいです。好評につき第3刷が出来いたしました!

7月29日(土)に『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』ちょっと遅めの刊行記念イベント「待って、そのことば消しちゃったの!?」が開催されます。対談で語りきれなかった話題もたくさん出るそうです! みなさまのご参加お待ちしております。

 

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今回のオフレコ

見坊:「MO」って好きでした。CD-Rと違ってケースがあるから、傷つけないように気を遣わずガチャガチャ置いといてもいいし、当時としては大容量だったので、データのバックアップにはすごく便利に使っていました。今でも捨てずに残してあるはずです。

飯間:私もパソコン通信時代のログなんかをだいぶ入れていたんですよ。今となってはそのログが貴重な言語資料になるのではないかと思って、改めてMOの再生装置を中古で買いまして、昔のディスクを再生してみたんです。

見坊:おお!

飯間:そうすると、見事に全部消えていました。

見坊:ええ!?

飯間:私自身が恥ずかしくて削除してしまった可能性もあるんですけれどもね。

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筆者プロフィール

三省堂 辞書編集部

編集部から

『明解国語辞典』刊行80周年を機に『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』が出版されたのを記念して、編著者の見坊行徳先生と、『三省堂国語辞典』編集委員の飯間浩明先生にご対談をお願いしました。本書誕生までの経緯や執筆にあたっての裏話、『三省堂国語辞典』にまつわる話などなど、盛りだくさんな内容を、4回に分けて掲載予定です。『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』と『三省堂国語辞典』をいっそう楽しむための参考にしていただけますように。